『どう生きるかではなく、どう死ぬかだけを考えていればよい。』
――トロス・アークライト<人類の絶滅について>より抜粋
「それでこれなのか?お前、バカだろ」
「いやいや、死ぬなら恋人の腕の中だろ?まぁ、誰だってそうとは言わないが、俺はそうだ」
レッドの膝の上には、ジャックの頭。
それは膝枕とよばれる行為であり、恋人同士がむつみあっているように見えるが・・・違う。
望むものを手にいれるために、不要なものを相手にさしだす。そういう契約の瞬間だった。
ジャックが瞳をとじ、眠るフリをした。パラポーンである彼の首元には、自己破壊するための首輪がある。
バックアップが保管された<マルチポッド>は破壊した、いまジャックの命はひとつだけだ。
レッドが首輪に手をかけ、セーフティロックをはずす。
ジャックは、地獄で育った。
彼の生まれた土地は、ちょうどLAとVFの戦線が衝突する位置にある。
そこでは毎日のように銃撃が聞こえ、だれかの家が壊れた。数日ごとに支配者がかわり、治安は悪化しつづける。
しかし、街が滅びることはない。
両陣営がもちこむ物資や、ひと儲けしようとやってくるヘテロドックス達、そして・・・逃げる力のない住民たち。
今日はもう死ぬが、明日はまた生まれる。街はそんな状態で動きつづけていた。
ジャックの意識がはじめて目覚めたのは、九歳のときだった。
それ以前のことは、なにも覚えていないし、思いだす必要もない。
トリガーの引き方はしっている。扉を照準を置き、ひらいたら撃つ。
命中。たおれる兵士の胸が赤くそまる。兵士はしばらくもがいたあと、動かなくなった。
ジャックは死体をひきずり、脇へと置いた。銃から肌着まで、物資とよべるものはすべて死体から剥ぎとらねばならない。
マスクを外す。兵士の顔には、見覚えがあった。食料配給のとき、なぶられていたジャックを助けてくれた兵士だ。
きょうは、敵だったのか。
ジャックは、そのときはじめて死にたいと思った。銃をだいて丸まって、動かなくなる。
それは戦闘放棄であり、バレれば殺されるのもやむなし・・・という行為だったが、夜には支配者が変わったので、彼は死ななかった。
一五歳を迎えて、ジャックは情報体となった。
昔とちがい、彼の飼い主はひとりに決まっていた。
ヘテロドックスの豪商ケー・ザイン。それがジャックの飼い主だった。
ザインは、<マルチポッド>とよばれる装置をもっており、ヘテロドックスでありながら情報体を再生することができたのだ。
情報体となっても、ジャックやはり戦いつづけていた。
武器を売るためには、たえず戦いがつづく必要がある。
LAが有利ならVFの味方を、VFが不利ならLAの味方を。傭兵として、ひたすらシーソーを揺らす。
揺らしながら・・・願いが叶うときを待った。
<ラビット>の砲撃が街の一角をふきとばす。
撃ったのは、多くの武器をおさめた倉庫だ。
LAとVFは戦闘中。今回はVFが勝つだろう。しかし、物資はいま消えた。
勝ちえた拠点を維持するため、VFはヘテロドックスの商人・・・ザインから新しい武器を買う。そういうシナリオだった。
ウサギ型ヘキサギア<ラビット>は、高いジャンプ力をもっている。
目標を撃ちおろせる高所へと移動して、砲撃。すぐさまジャンプして、強襲または離脱する…そういう機体だった。
ジャックは<ラビット>を反転させた。戦場から離脱すべく、ジャンプする。
しかし、その瞬間、<ラビット>に緑色の影がくみついた。
<モーターパニッシャーMk.2>。カマキリを模した空中戦闘ヘキサギア。
<Mk.2>は、ふたつの鎌で<ラビット>をつかむと、全推力をもって<ラビット>を地面に叩きおとした。
ジャックはバランスを崩し、<ラビット>から放りだされる。
<Mk.2>の背から降りたガバナーが、剣を手にジャックのもとへ駆けた。
ジャックは首輪に手をのばし、自己破壊を試みたが・・・その前に両腕を切断された。
「そう急ぐな。聞きたいことがたくさんある」
<Mk.2>のガバナーが兜をとる。美しい真紅の長髪がひとふさ垂れた。
「それで、俺になにさせようって言うんだ?
なんでもいいが、腕がなくてもできるじゃないとな・・・そう、皿まわしとかは無理だ」
「意外と軽薄だな。奴隷のわりに明るいじゃないか」
ジャックの軽口をきいて、<Mk.2>のガバナー・・・レッドが肩をすくめる。
「おいおいおいおい、奴隷だってつまらないジョークで笑ったりするんだぜ?
オレは本もたくさん読む・・・あんたより博識だ」
「口数が多い。うざったらしいが、助かるよ」
今回のLAとVFの戦闘は、豪商ケー・ザインをあぶりだすための芝居だった。
ザインは、調子に乗りすぎたのだ。特にパラポーンを手にいれたのは不味かった。
情報体はすべてSANATが管理するもの。一介の商人がもつことは許されない。
「<マルチポッド>はどこにある?」
「ザイン商会は移動しつづけるキャラバンだ。どこにもいるが、どこにもいない。見つけるのは無理だな」
「なるほど。しかし、お前には帰るアテがあったんだろ?」
「<ラビット>だ。メンバーだけがアンロックできる専用のレーダーが積まれてる。
数時間に一度、お互いの位置がわかる。あとはルートを予測して、合流すればいい」
機密といえる情報を、ジャックはぺらぺらと喋る。
レッドは、ジャックの真意を図りかねた。
そんなレッドの様子に気づいたのか、ジャックが言葉をたす。
「俺はな、死にたいんだよ。だから、あんたたちに<マルチポッド>を壊してもらいたい」
ジャックが生身のとき、怖くて痛くて・・・とてもではないが死ねなかった。
しかし、ずっと望んでいた。パラポーンとなり痛みをなくすことで、ようやく叶うと思った。
なんどか<マルチポッド>から這いでて、ジャックはようやく、とんでもない失敗をしたことに気づいた。
・・・死ねない。
どんな劣悪な戦場にむかおうが、気づけば<マルチポッド>の中にいる。
パラポーンになるとは、永遠を生きるということ。ジャックは、それを知らなかった。
兵は拙速を尊ぶ。
<ラビット>や<Mk2>たちをのせ、輸送車両<コンバートキャリアー>が走る。
ジャックは両腕を修理されていた。<Mk2>に積まれていたSANATの判断で、協力者としてむかえられたのだ。
ジャックはレッドとともに、<ラビット>の専用レーダーを見つめていた。
「お前、本当に死ぬつもりか?」
「ああ、そうだ。疑ってるのか?」
「・・・死ぬつもりなら、そのまえに<ラビット>を譲り受けたい」
ジャックは首をかしげた。
ガバナーが死亡したあと、ヘキサギアはマスターブートレコードにしたがい、新たな主を探す。
そのときに鹵獲すればいいだけであり、いまジャックと交渉する必要はない。
「お前が死んでからでは遅い。それではVFの戦利品になる。
わたしはな、個人的にヘキサギアを所有したいんだ」
「・・・驚いたな。あんた、VFに内緒でヘキサギアを持ちたいのか?」
レッドが頷く。義体化が進んではいるが、その身体はいまだ生身だった。
「VFのリジェネシスには何の裏付けもない、LAはただ抗うだけで未来をロクに考えていない。
ヤツらはただ、都合の良い幻想を信じていたいだけだ。死ぬまでの間、すこしばかり安心するためだけに。
それで満足なヤツはそうしていればいいが・・・私にはできない」
突然、レッドがまくしたてるように語った。
うかんでいるのは、すべてを見下すような嘲笑。
攻撃性をまったく隠そうとせず、なぶるようにジャックを見る。
「オーケー。<ラビット>はあんたに譲る。だから落ちつけよ、クールになろうぜ。
俺が死ぬのも、あんたが<ラビット>を手に入れるのも、任務が成功すればの話なんだからな」
レッドがうかべた嘲笑は、ジャックにとって見覚えのあるものだった。
直した家を一日でまた破壊された者、治した患者が次の日だれかを殺したと知った者。
傷つき倒れても、なお立ちあがる者たちに共通する表情。
(もう何もかもに絶望しているのに、あまりにも憎しみが強すぎて・・・死ねないのか)
「・・・お前、本当にどうしようもないヤツだな。大切な愛機じゃないのか?」
レッドがジャックに掴みかかった。
もう望む返事はもらっている。愚かな行為だとレッド自身わかっていたが、止められない。
レッドはどうしても、ジャックの自死を手助けることに納得がいなかなった。
殺しは数えきれないほどやってきた。しかし、自死の手助けはしたことがない。
致命傷を負い、もはや苦しむだけとなった味方に懇願されたときでさえ、トリガーは引かなかった。
自分も相手も、そうしたほうが楽だろうと思った・・・それでも、なにかが心にひっかかって、できなかったのだ。
殴られそうだとジャックは思った。それどころか、壊されてしまうかもしれない。
「すべてを投げだすつもりか?自分から敗北をうけいれると?」
「おいマジで落ちつけよ。あんたが死ねないのはあんたの問題であって・・・俺のせいじゃない」
・・・しばしの沈黙がおりた。
レッドがジャックを離した。舌打ちをして、レーダーの監視にもどる。
ジャックもまた、レーダーの監視にもどった。
ケー・ザインのキャラバンは、数多の小型車両ではなく、巨大な個だった。
何百枚ものブロックベースパネルをつなげて作られた、走る壁。
外には何十もの自動砲台、中には数多の兵士たち。
かつて存在したという千里の防壁を模した超巨大第一世代ヘキサギア<グレートウォール>。
「連れてきておいてなんだが、どう攻略するつもりなんだ?」
「どんな強固な防壁であろうと、第三世代ヘキサギアの火力であればうち破れる。
そして、どれだけ砲台があろうと、第三世代ヘキサギアの機動力ならば避けられる」
「おい、あんた。マジで言ってんのかそれ」
「このまま<グレートウォール>に追いつき、先頭の動力部を外壁ごとつらぬく!」
輸送車両<コンバートキャリア―>から、<Mk2>に乗ったレッドがとびだす。
ジャックもあわてて<ラビット>に乗り、連続ジャンプでそのあとを追った。
異常を感知した<グレートウォール>が砲門をいっせいに<Mk2>へとむける。
一発、二発、三発、四発、五発・・・つぎつぎと襲うグレネード。
そのすべてを、<Mk2>がたくみな空中機動でかわしていく。
「人にいちゃもんつけたくせに、これじゃあいつのほうが死にたがりだろ!?」
<Mk2>の背を<ラビット>が必死に追いかける。
こまかな空中機動ができる<Mk2>とちがい、<ラビット>はジャンプの頂点と着地点で、無防備になる。
『ガバナー、砲台がこちらをむきました。離脱を推奨、これ以上の接近は危険です』
「くそっ!こんな運転・・・絶対もたねえぞ!」
KARUMAの警告を無視。空中でブースターをむりやり横にふかし、砲撃を避ける。
着地の衝撃を殺しきれず、機体が悲鳴をあげるが・・・いまは気にしている場合ではない。
ラビット・ラン・レース。
広い競技場にウサギをはなし、数頭の犬に追いかけさせる先時代の遊び。
ウサギが逃げこめるのは、競技場のすみにあるたったひとつの小さな穴だけで・・・たいていのウサギは落命する。
<グレートウォール>の外壁の一部がひらいた。そこから複数のレドームがせりだす。
「やべぇ!」
<ラビット>がすかさずグレネードをうちこむが、数が多すぎて壊しきれない。
「チッ」
<Mk2>は一気に速度をあげ、先へと進んでしまった。
とりのこされた<ラビット>がレーダーに捕捉される。
数えきれないほどのミサイルがはなたれ、<ラビット>に集中した。
とてもではないが、避けきれる数ではない。
<ラビット>が地面にグレネードをはなつ。のぼった砂煙に隠れるようにして、<ラビット>は着地した。
「う、うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
両腕のグレネードキャノンに顔のスナイパーキャノン。そしてジャック自身のガトリングガン。
もはや祈るほかなかった。ミサイルを撃ち落としてくれると信じて、<ラビット>がもつすべての火器を乱射する!
レッドは、あとひとつで先頭車両・・・というところで、足止めされていた。
敵は、パラポーン部隊。小型偵察機<ヴァルチャー>によって飛行し、ショットガンで<Mk2>のエアフローターを狙ってくる。
<Mk2>のカマがパラポーンをひとり切り裂いた。
しかし、十数秒後、また内部からパラポーンがやってくる。それは、いましがた撃墜したパラポーンと同じ個だった。
再びふるわれる<Mk2>のカマが、こんどは避けられる。
(こちらの動きが・・・バレてきている。こいつら、撃墜されたときの記憶があるのか!)
それは、<マルチポッド>が戦場に近いからこそできる戦いであった。
通信ネットワークによって常に情報を共有し、撃墜された記憶をもってまた戦場へとむかう。
技量の差は、再挑戦しつづけられるのなら埋められる。
パラポーンひとりを墜とすのに必要な時間がどんどんのび、<Mk2>は人数差によって囲まれていく。
うまくいかない戦況にレッドが歯噛みし、キレて爆発しそうになったそのとき、
――カォン・・・と、スナイパーキャノンの狙撃音がひびいた。
追いついたジャックが、精密狙撃によって<グレートウォール>内部にある<マルチポッド>を壊したのだった。
続けざまの連続射撃によって、パラポーンたちが沈黙していく。
ウィングをひろげて、<Mk2>が先端車両へとつっこんだ。天井を裂き、内部へとグレネードランチャーをむける。
はなたれた榴弾は動力炉に命中し、<グレートウォール>がその機能を停止した。
ジャックとレッドは、戦場からはなれた荒野にきていた。
あたりには、ふたりと<ラビット>以外なにもない。
「約束だ。<ラビット>を譲れ」
レッドの言葉はぶっきらぼうなものになった。
このあとジャックが自死することに、まだ納得がいっていない。
そのことが、ふてくされた子供のように態度にでてしまう。
「そのことなんだが・・・ひとつ条件がある」
「はぁ?<マルチポッド>を壊してもらっておいて、まだなにか望むのか?」
「あれはふたりでやったこと、ノーカウントだ。俺がヘキサギアをやる代わりに、あんたは俺に与える必要がある」
「強欲だな、どうせ死ぬクセに。・・・それで、なにが欲しい?」
「俺は望むゴールをずっと目指してきた。なんの苦しみもなく、別の世界にいく。
そのために・・・その・・・あんたに・・・膝枕してほしい。
いや、マジで他意はないんだ。あんたのこと嫌いだし。けど他に頼めるやつがいないんだよ、わかるだろ?」
途中からしどろもどろになりながら、ジャックは自分の願いを口にした。
レッドは口をぽかんとあけて、「こいつ、バカか?」と言わんばかりの視線をジャックへむけた。
・・・しかし、やがて肩をすくめてうなずいた。
「わかった、膝枕してやるよ。けど、あとはお前が勝手にやれ。わたしは・・・手伝えないし、関係ない」
<マルチポッド>をともに壊したことは、ジャックの自死を手伝ったことになるのだろうか?
しかし、<グレートウォール>攻略はレッドの任務であり・・・ジャックの望みでなくともやったことであった。
『どう生きるかではなく、どう死ぬかだけを考えていればよい。』
――トロス・アークライト<人類の絶滅について>より抜粋
「それでこれなのか?お前、バカだろ」
「いやいや、死ぬなら恋人の腕の中だろ?まぁ、誰だってそうとは言わないが、俺はそうだ」
レッドの膝の上には、ジャックの頭。
それは膝枕とよばれる行為であり、恋人同士がむつみあっているように見えるが・・・違う。
望むものを手にいれるために、不要なものを相手にさしだす。そういう契約の瞬間だった。
ジャックが瞳をとじ、眠るフリをした。パラポーンである彼の首元には、自己破壊するための首輪がある。
バックアップが保管された<マルチポッド>は破壊した、いまジャックの命はひとつだけだ。
レッドが首輪に手をかけ、セーフティロックをはずす。
その行為は自分でやるつもりだったので、ジャックは「おや?」と思った。
しかし、安らかに眠れるのなら、担い手はだれでもいい。さきほどよりも安心して、そのときを待った。
レッドは・・・どうすればジャックが命乞いするだろうかと考えていた。
殴っても罵倒しても、パラポーンであるジャックには痛くもかゆくもないだろう。
いっそキスでもして嘘の告白とともに「死なないで」と懇願すればやめるだろうか?
そのあとは、どこかで勝手に殺されればいい。
・・・・・・。
ジャックは動く必要がなくなり、レッドは動けなくなった。
とてもながく、安らかで苦しい時間がすぎさったあと・・・ジャックは死んだ。
【ヘキサギアSS ラビット・ラン・レース】END.
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『どう生きるかではなく、どう死ぬかだけを考えていればよい。』
――トロス・アークライトより抜粋
安らかな自死をのぞむ傭兵ジャック。
彼は情報体・・・なんど壊されても甦る。
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