「あっぱれじゃ、ポリュープ!」
私は、セピアとの激闘の末、辛くもセピアを気絶させるに至った。
セピアの身体からはネリモノが取れている。
星を出して気絶していたが、もうこれで、デンワに操られる心配はないだろう。
デンワを退けた事で、止まっていた中央エレベーターが再び動き出す。
私とセピアを載せたエレベーターは、地上に向かって登っていく。
「……早くヒモをほどいてくれーィ!!」
円盤からアタリメ司令の声が聞こえてくる。
すっかり忘れていた。
私はオクタシューターを使い、アタリメ司令の縄をほどいた。
それと同時に、中央エレベーターが止まり、周囲の壁が下がって先に行けるようになる。
真っ白な梯子を登れば、ようやく地上に行ける。
梯子は文字通り、天に届くほど高くそびえていた。
丸い窓から白い光が見える――あれが、地上の光。
いよいよ、地上に行く事ができるのだ。
私は天に届く高い梯子を上っていく。
下は見ない、見る必要なんてない。
今はただ、地上に脱出するのみ……!
――どれほど上ったのだろうか。
吹き荒れる風が、私の頬と髪を撫でる。
これが……地上……今まで住んでいた地下とは、比べ物にならないほど、温かい場所。
海の向こうには、たくさんの建物が建っている。
雲は暗く、太陽も沈もうとしているため、朝日を見るのは明日以降になるのが残念だったが、
ともかく、私はついに地上に辿り着いた。
「ポリュープ……」
その声は……ヒメか?
そういえば、テンタクルズがヘリコプターで迎えに来ると言っていたが……。
「ポリュープ!!」
私が空を見上げると、テンタクルズの曲が流れる無数のヘリコプターが飛んでいた。
一番前にある派手なネオンのヘリコプターが、テンタクルズが乗っているヘリコプターだ。
私はそのヘリコプターに向かって、手を振る。
ヘリコプターに乗っていたのは、小柄な白いインクリングのヒメと、
背が高い褐色のオクタリアンのイイダだ。
「Yo! 迎えに来たぜ!」
「これで一安心ですね!」
ヒメは荒っぽい口調で、イイダは丁寧な口調で、私とアタリメ司令に向かって叫んだ。
ちゃんと、約束は守ってくれたんだ。
ありがとう、テンタクルズ。
「HEY! 家に帰るまでがボウケン!」
「ヘリの設備を テンケン! ここで生きる 戦場のケイケン!」
「ウチら戦う 世界のヘンケン!」
ヒメとアタリメ司令のラップが始まった。
以前は五月蠅くて止めていたが、今は地上に出られる喜びの方が大きかったため、
私は二人のラップを聞いていた。
「ちょっとちょっと! なんなんですか!」
イイダはいきなり始まったラップ勝負に驚く。
私は「いつもの事だ」と彼女に説明してあげた。
「再入場には ハンケン!」
「イイダの憧れ 漫画研究会 略して マンケン!」
おい、イイダの秘密を暴露していいのか、ヒメ。
……ん? 私達以外にも、地上に来た奴がいる?
「わ、わわ! あれを見てください!」
「な……なんだこれ……?」
私とテンタクルズ、そしてアタリメ司令は、海から上がった「何か」を見つめる。
海から現れたのは、私達が見た事のない生物の顔を象った彫像だった。
アタリメ司令は神妙な面持ちで口を開いた。
「このカタチ……まさか、太古の昔に滅んだとされる……」
滅んだとされる?
「『ニンゲン』じゃ!!」
何……これが人間、だと?
言われてみれば、そうかもしれない。
「ヌッ!? デンワ!?」
アタリメ司令が像の右目を見て驚く。
私も釣られて右目を見ると、そこにいたのは――セピアに寄生していた、デンワだった。
「我が名はタルタル……博士の残した人工知能……」
デンワ……いや、タルタル総帥が言葉を紡ぐ。
こいつは、博士が作った人工知能だったのか。
――学会で海面上昇の危機を叫ぶも、誰も信じようとしない。
――このままでは人類の文明は全て、深き海の底に沈むであろうに。
博士とは、間違いない。
あの、ジャッジくんの飼い主の博士だ。
海面上昇を訴え、ジャッジくんをコールドスリープさせた、あの――
「ワタシは博士の命を受ケ、12000年の間、ずっと貴様らのデータを収集してイタ……」
もちろん、私を含む普通の生き物は、12000年も生きられるはずがない。
収集していたデータは膨大なものになっただろう。
「急速な勢いで貴様ら……魚介類は栄エ、かつての人類にも劣らぬ知能を得タ。
しカシ! ムダなナワバリ争いを繰り広げるばかりではなイカ!
それは貴様らが、オノレの欲望のままに生きているかラダ」
ナワバリ争い……か。
私達オクタリアンも、他種族のインクリングも、ナワバリバトルをしている。
だが、「無駄」というのはどうかと思う。
「ナワバリ争いは、確かに無駄かもしれねー。
でもよ、アタシらはそれでも、楽しむためにやり続けるんだ」
「タルタルさんの気持ちは分かりますけど、
ポリュープさんやセピアさんを利用したアナタは、流石のワタシも放っておけません」
テンタクルズはタルタル総帥に反論する。
そうだ、言ってやれ、言ってやれ。
「カンペキな世界を導く新人類のタネ……
それが貴様ら、実験体のはずだったのダガ……貴様らには失望した!」
私は「ポリュープ」という一個人だ。
タルタル総帥、実験体として片付けるなよ。
「ガン無視かよ、こいつ……」
「分かり合えると思ったのに……」
ヒメはご立腹で、イイダは悲しんでいる。
博士は深い悲しみを抱いていたようだが、タルタル総帥の言っている事は、許せなかった。
「さぁ、ネルス像ヨ!
全てをネリ直し、もう一度我が創造主『ニンゲン』の世界を取り戻すノダ!」
――それは不可能だな、タルタル総帥。
人間を含む哺乳類は、ジャッジくん以外、12000年前に絶滅した。
もう一度世界が滅べば、そこにはもう、タルタル総帥以外何も残らない。
タルタル総帥が望んだ世界には、ならない。
ああ、何故タルタル総帥は愚かなんだろう。
――そうだ。人工知能は、人工知能なんだ。
タルタル総帥の時間と考えは、12000年前から止まったままなんだ。
だからこんな、愚かな事に気づかないんだ――
ネルス像の口が開き、そこから、大砲のようなチューブが現れる。
チューブの中には、タルタル総帥と同じ身体の色のインクがたくさん入っている。
ネルス像はあれで、世界を練り直す――すなわち、滅ぼすつもりだろう。
エネルギーがどんどん溜まっていく。
「ゲッ! なんだよあれ!」
「待ってください……今、調べます……」
ヒメは、巨大なチューブを見て驚く。
イイダは、急いでパソコンでネルス像を調べる。
「あの像から物凄いエネルギー反応を確認しました」
「おいおい……どーなるんだよ……」
ヒメとイイダは、かなり慌てていた。
私は対抗策を練れず、少し焦ってきていた。
「あのネルス像は、今まさに世界を完全にネり返すエネルギーをチャージしています」
「なんとか止める方法はねーのかよ……」
イイダは、ネルス像を阻止する方法をパソコンで必死に調べていた。
そして30秒後、イイダは答えを見つけた。
「え……っと」
イイダは、お絵描きソフトの画面を私に見せた。
アバウトな図だな……いや、そんな事を言っている暇はない。
「ネルス像は体全体で吸収した太陽光をエネルギーに変換しています。
なので、あの像全体をインクで塗り尽くせばエネルギーのチャージを止められるかと……」
「はぁ?! あのデカブツ、塗りつぶせ! ってか?!」
単純な理論だな。
だが、あの像はかなりの大きさだ。
インクを全て塗りつぶすには、時間がかかる。
だが、イイダは考えているらしく、私とヒメにこう言った。
「ワタシの開発したイイダボムを像に放ちます。でも、まだ準備中なので、自動で爆発しません。
なのでポリュープさん……ネルス像に近付いて、
イイダボムをショットで撃ち、起爆してください!」
私は、分かった、と頷く。
つまり、私が世界の命運を握っているという事か。
随分とスケールが大きくなったな……。
「で、アタシは?」
「先輩はネルス像のエネルギーが弱まったら、
フルパワーのセンパイキャノンで像を破壊してください」
「ゲ、マジ? あれ、最近やってねーからフルパワー出せるか分かんねーぞ?」
弱気になるな、ヒメ。
タルタル総帥の愚行を止めなければ、この世界が滅んでしまう。
どうか強気になってくれ、と私はヒメに頼んだ。
「ワタシの見立てでは、あと3分で世界をネリ返すエネルギーが放出されます。
先輩はその3分の間、反復横跳びでテンションを高めといてください」
「……分かった、ポリュープ、イイダ。それで世界が救えるなら、この喉、くれてやるよ」
ヒメは覚悟を決めたかのような表情で頷いた。
私も、真剣な表情でオクタシューターを握った。
「あのゥ……ワシは?」
忘れられたアタリメ司令が、ぽつりと呟く。
「アタリメさんは……かっこいい作戦名を考えて実行の指示を!」
「……ィよーし! 任せておけィ!
とれとれぴちぴちユー&アイ、当たって砕けて大作戦、レッツゴーじゃ!」
その作戦名、長すぎるからとぴユア作戦と略そう。
……これが、私の最初のナワバリバトルにして、この冒険における最後のナワバリバトルだ。
しかも、単純に領地をかけたものではない。
世界そのものをかけた、壮大なナワバリバトルだ。
絶対に勝つ。
そして、未来は私達が守る。
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オクト・エキスパンションにおける異変の黒幕が、ここで現れます。
果たして「彼」の目的とは……。