No.1019453

なのはExtreme = Another Dimension =

Blazさん

久しぶりの更新。
映画版よろしく、こちらはパラレルとなります。

イメージソング

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2020-02-10 20:55:35 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:1174   閲覧ユーザー数:1150

 第二話 「選挙と選択と全力と」

 

 

 

 

 

 

 大喝采の中、段上には一人の少女が立っていた。

 臆することもまた調子づくこともなく、ただ少女は段上の上で仁王立ちをして多くの人々を見下ろし、天に手を掲げて立っていた。まるでその手が頂点であることを示すかのように。そこに人々の意思を集めるかのように。

 一人のカリスマ的指導者が誕生し、人々をまだ見ぬ未来へと率いるかのように、まだ幼い少女は天高くに手を伸ばし、そして一本の指を立てていた。

 私こそが。まるでそう言っているかの如く。

 

「……ロクでもねぇことにだけは全力出すよな、アイツ」

「あはははは……」

 

 それを呆れた目で眺める零人と、もはやどういうべきかわからず苦笑いするしかないなのは。二人は今、史上最も阿保らしい場に居ると言っても過言ではない。

 その理由は時間を昼休みまださかのぼる……

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 午前中から体育の授業というハードな一日の半分を消化し、ようやく昼休みになった海鳴小。午前の授業が終了するチャイム音と共に生徒たちの脱力とようやくかという安堵の声がそこかしこからあふれ出していた。

 零人たちのクラスでは授業で疲れ果てて汗をかいた生徒が未だに文句を垂らしながら教室内をうろつき、それぞれの自由時間を過ごしている。友人に会いに行くものも居れば、机の上に倒れる生徒もいる。昼食時ということもあり、机の上に親が作ってくれた弁当を広げて食べ始める生徒の姿も零人の目では何人か確認することができた。

 

「零人くん、屋上で食べよ。みんな待ってるし」

「ああ。先に行っててくれ。俺、足痛くてよ」

「って、そんなに疲れてるように見えないけど」

 

 なのはに昼食を誘われて断ることはしなかったが、零人は体育の授業で使った足が思った以上に疲労したようで、足を撫でてそのことをアピールするが当人の顔がケロッとしているせいでイマイチ説得力がなく、自覚していたのか零人も小声で

 

「うるせぇよ……」

 

 と目を逸らすことしかできなかった。

 

「手は抜いたけど、足が疲れたのは事実なんだよ。十周ずっと走りっぱなしでその後短距離走やらされたんだぞ。足が生まれたての小鹿だっつーの」

「イマイチ例えの意味が分からないの……」

「つまるところ、足痛いってこと。いや、冗談抜きで」

 

 本当かな、と疑いの目で見てくるなのはに零人は念押しで答えるが普段からの我慢体質が祟ったのか、とてもではないがそうは見えないと言われてしまう。

 結局、足が痛くとも頑張れという他人事の意見で押し通られてしまった零人は渋々ながらも少し筋肉が痛む足を動かして屋上へと移動する。

 その道中……

 

「……そういやよ。はやてのヤツが委員会立候補するって話。アイツなにか言ってたか?」

「ふえ? 言ってたって……何を?」

「立候補した理由。あんな面倒なことづくしのヤツ、普通誰もやりたがらねぇだろ」

 

 廊下を歩きながら目的地の屋上へと向かい一直線に進む二人は途中、前から来る生徒たちをよけたりしつつ、ふと零人が聞きたかったことである話題について話す。

 はやての児童委員会立候補の理由について零人は聞いてなかったので、それをなのはが知っているだろうと思い尋ねてみるが、なのはも詳しくは聞かされてなかったようでうーん、と頷くと

 

「なんでもやりたい理由があるって、本人が言ってたんだけど詳しくは話してくれなかったの」

「なんだ。企業秘密じゃあるまいし……ってことは」

 

 またろくでもないことを考えているのだろう。

 それだけは一致した二人は一瞬、顔を見合わせると深いため息をついた。

 はやてが立候補するということ自体に二人は不安ではないのだが、その理由が明かされないとなれば話は別。彼女のことなので選挙自体を茶番にする気はないと考えられるが、問題は彼女が仮に当選したとして何をしたいのか。というマニフェストについて何も情報がないということ。

 

「何しでかすつもりなんだか、アイツは……」

「まぁ、はやてちゃんだって前からやりたいって言ってたからちゃんとした理由があるんだと思うよ」

「それが建前で本音が別のところにあったらどうする?」

「建前って……?」

「例えば……そうだな」

 

 階段を上がり、踊り場で立ち止まった零人ははやての性格を考えて、脳内に一度彼女の情報を集積。それを元に彼の視点からみたはやてをトレースする。実際の当人とは性格や言動がやや異なるのが問題だが、この場合はそんなことはさして問題はない。

 彼女が何を考え、どう言うかというだけなので零人も容易にはやての性格を組み上げるとなのはの質問に答えた。

 

「スカート丈の変更。ただし短くな」

「……あー……」

 

 一つ目だというのに、零人の例えをはやてがピンポイントで、絶対に言いそうだと考えるとなのはもあり得ることだと納得する。

 

「あと、夏場の脇汗スプレー禁止とか」

「え、ウチってスプレーだめなんじゃ……」

「そうだっけか。まぁ、いいさ。んで……」

「まだあるの!?」

 

 零人とはやての仲の良さからある程度はあり得そうな話を持ち出すとなのはもわかっていたが、それがこうもポンポン出てくるとなると流石に止めたくなる。

 なので零人も上げたらキリがないと思ったのか一番ありうる話を上げる。

 

「……女子生徒の学校指定水着の変更」

「零人くん。それってどっちの本音?」

「おい、俺はロリコンじゃねぇからな」

 

 堂々と、かつピンと指を立てて迷うことなく言う零人になのははその言葉が一瞬、零人の本音なのかはやてが言いそうなことなのか分からなくなったが、なぜか彼女の中では彼もまんざらそんなことを考えそうでならないと疑っていた。

 なのでその疑いを晴らすために零人は間髪入れずに自分の本音ではないと強く否定した。

 

「そもそも私たちが指定水着を変えることなんてできないでしょ……いや、やりそうだけど」

「まぁな。けど、なんつーか……やりそうでならないっていうかよ。いや、やりそうだけど」

 

 どう考えてもはやてが考え、言い出しそうでならないという彼女への偏見が一致していた二人は、その当人が待っている屋上へと足を踏み入れる。

 

「あー……天気がいいなぁ。帰って寝たいわ」

「帰りたいのは分かるけど……ふあっ……あ、確かに寝てみたいの……」

 

 屋上までの道のりが少し薄暗かったので外に出ると太陽の日差しが強くなり、一瞬だが辺りが白く見えてしまう。それだけ今日は天気もいいということらしく、目が慣れると零人は風の通る空を見上げた。

 今日一日は晴天が続くということで、屋上へと出ると目の前に広がる太陽の温かい光だけでなく、その太陽が照らす青い空が目の前に広がり、その中を白い雲が悠々と流れている。晴天というよりも絵に描いたような晴れ晴れとした昼の空は、時折優しく吹いて来る風すらも一味違うように感じられる。

 

「でも、さっきの話の後だから寝たくても寝られないっていうか……」

「はやてには言うなよ。面倒ごとになるのは確実だからな」

 

 優しい風もどこへやら。二人のさっきの話題が脳裏をよぎったせいで青空の下の気持ちの良さはどこかへと飛んで行ってしまう。笑い話で済むことなのだが、どうにもありそうで、と目の前にあるベンチに座っていた話題の本人の姿を見て二人は不意に考えてしまっていた。

 

「なんや、二人とも遅かったな。ここに来るまでにイチャついてたんか?」

「なわけあるかっつーの。話してたら遅れただけだって」

 

 二人が今しがた話していた人物であるはやては先に待っていた面々の中に紛れて既に食事を始めていた。遅れてやってきた二人の姿を見ると、まるで熟年のクラブママのような顔つきと仕草で不敵な笑いを浮かべており、前置きで零人は熟年臭いぞ、と付けて返すが、不意に零人が横にいたなのはの異変に気付き、首を動かすと何故かまんざらでもないという顔で肩をビクつかせた彼女の姿があった。

 

「……いや、してないからな。なのは? わかってるか?」

「う、うん……」

「零人君。はやく誤解を解かないとアリサちゃんの鉄拳が飛んでくるよ」

 

 身の危険を感じすずかの警告に零人が再び顔を動かすと、今朝のなのはと同じく笑っていない笑顔で拳を鳴らすアリサの姿が目に映り、さらにその拳が制裁だけでなく処刑の意味も含まれているのか膨大な魔力が集束されており、その集束量からして零人の骨だけでなく体すらも粉々に砕いてしまおうという彼女の意思が隠されることもなく示されていた。

 そのオーラもあってか近くで食事をしていたヴィータと霊太は揃って距離を置き、被害を受けたくないと先に「すまない」と「助けられない」という意味の謝罪のジェスチャーをする。

 

「いやいやいやいやいや、俺はしてないからな。絶対にしてないからな! 神と女王陛下に誓ってやってないからな!!」

「アンタ色々と前科保ちなの、わかってる?」

「だからってそれで鉄拳粉砕はないんじゃないですかねぇ!?」

 

 その前科というもの不可抗力で、と言い訳するがなにせ周りが周りなもので男子三人がそれぞれ同年代の性意識をぶっ飛ばす勢いのことをしでかしているので、アリサとしてはそのことも含めて恋愛関係に関しては零人たちの信頼はゼロに等しかった。

 

「つか、その手のことで粉砕されるのは俺じゃなくて霊太の方だろうが!!」

「おまっ、俺を売る気かぁ!!」

「やっかましい!! お前のほうが色々とセウトしてるだろうがよ!!」

 

 よくて身代わり最悪道連れと考えた零人は指差しで霊太も巻き込み、どうせやられのであればとあれやこれやを話し出す……が

 

「ああ。霊太はいいのよ。アイツは」

「え、マジか」

「もう駄目だから」

「そっちかよ畜生ッ!!」

 

 アリサからの一言にうちひしがれる霊太。

 信頼以前に既にそういう人間であると見られていたことに、今知った霊太は大声で叫び近くの地面に拳を打ち付ける。

 ちなみに他の人間が誰一人として否定しないところから、既に霊太に対しての見方は大体決まっていたようだ。

 

「霊太君、しゃーないって。だってフェイトちゃんとそんなにイチャイチャしてたら誰だってそう見えるって」

「せやせや、そう見えるんやって」

「なに関西弁でしれっと紛れてんだ、被告人が!!」

 

 霊太に罪を擦り付けて自分だけ助かろうとする零人に、未だアリサからの判決が出てない事を言い逃走を止めさせる。事実、まだアリサの拳から魔力は消えてないので、零人に対しての判決は出てない。

 

「ちいっ……頭の回るやつめ……」

「はいはい。で、なのは。実際なにしてたの?」

 

 と改めて話題を戻してアリサが尋ねる。零人たちの話題にすっかりと意識を持って行かれ、赤面だった顔も元に戻っていたなのはは小さく声を漏らすと隠すこともせずに答えた。

 

「ちょっと二人で話しながら歩いてただけだよ。うん、ホントに」

「……ホントでしょうね?」

「ほんとだって! いや、色々と望みはしたけど……」

「そーゆーこと言うから俺の首が危ないんだっての!!」

 

 流石に自分も疑われたくないと慌てるなのはは思わず声を上げるが、彼女のことをよく知るアリサにとっては声を上げた程度では信じると判断することはせず、しばらくなのはの目をじっと見つめていた。本当か嘘か、それは彼女の目を見ればわかること。まさにその通りで逸らすこともなく目を合わせていたアリサは一分ほど見つめると、なにを察したのかそれなら、と言うと

 

「全く……なのはって本当に隠しごと下手よね」

「うえっ……そうかな」

「そうよ。ま、今回のところはないということにしといてあげる。……今日は、ね」

「あれ、それなんか俺が今回だけ許されたみたいな感じなんだけど……」

「そりゃあね。こんな歳からスケコマシしてる奴のことを許せって言われてもね」

「……あれ。もしかして俺の立場ってかなり下に見られてる?」

 

 今さらだが自分の立場が判明した気がする零人は思っていたよりも格下に見られていたことに素直に傷ついていたらしく、妙に悲しい気持ちになりそれに今さら気づいたのかとアリサが追い打ちをかける。

 

「下に見られるようなことをしてるからでしょ。はやての家に上がり込んだりとかなのはたちを連れ込んだりとか」

「いやいやいやいやいやいや、なんか俺がこいつらの家に行ったり連れ込んだりしてロクでもないことしてる奴のように聞こえるんですがね、アリサさん。俺そんなことしてねぇからな!」

「せやなー……おとといぐらいに零人兄ぃとウチとでしっぽりとして……」

「テメェもなにあったことを思い出すように話してんだドアホ狸ッ!!」

 

 悪乗りをするはやてに対しこれ以上の被害やら誤解やらを生みたくない零人は一瞬だがアリサの方を見てもう一度はやてを見る。その完全にアリサにビビっている様子に蚊帳の外の面々も呆れる他ない。

 

「完全にバニングスに敷かれてるな」

「零人の場合、変に弱気になるところがあるからな。今とか」

「つかよ、あいつの性格ブレすぎだろ」

「しゃーねーだろヴィータ。アイツ変に優しいところあるし」

「あー……まぁ優しいのは確かだけどよ。たまーにはやてとかがキレると縮こまるよな。霊太も」

「最後のは余計だけどよ、まぁ……言い返せないわな」

 

 その後。アリサからの制裁を免れた零人は無事に昼食にありつけ、他の面々よりも少し遅れて食事を始める。零人と同じくなのはも昼食が遅れていたので、まだ終わっていないすずかたちと並び弁当箱を取り出す。

 

「って。なんでなのはまで俺の話に付き合ってたんだ。先に食っといてもよかったのに」

「いやぁ……なんというか、食べるタイミングを逃しちゃって……」

「……別に無理して付き合わなくていいのによ。ま、さっさと食わねぇと午後のに間に合わねぇぞ。せっかく最後の五時間目が丸っとつぶれちまったんだ。少しは楽をしねぇと」

 

 五時間目の時間が総合になったことで授業を受ける面倒がなくなったと素直に喜ぶ零人は弁当の入った袋を手にして、その中から今日の昼食のサンドイッチを手にする。飲み物の緑茶は既に水筒に入っているので問題はなく早速食べ始めるが、彼が口を開けて食べようとした刹那。零人の弁当に興味を持ったはやてが話しかける。

 

「あれ、いつもの弁当とちゃうん?」

「ほんとだ。零人くん、お弁当今日は違うね」

「あん? ああ、弁当は面倒だったし昨日の肉が残ってたからな。それ使ってカツサンドとハムとレタスのサンド作った。偶にはこういう楽なのをしても悪くはないだろうってな」

 

 はやてとなのはの問いに答えつつ、最初に手にしたカツサンドにかぶりつく。中は上げられたカツとソースの濃い味付けのお陰で味がよく、濃厚なソースと肉汁が食欲を刺激する。

 

「うわぁ……零人兄ぃのめっちゃうまそう……」

「アタシも……はやて、明日はアレにしようぜ」

 

 あまりに旨そうに食べる零人の姿にはやても今しがた食べ終えたというのに、口からよだれが滴り落ちそうになるので口元をぬぐう。満腹の腹とは裏腹に食欲は正直だったようで、サンドの中の肉を見ていると肉の凶悪な食欲へのいざないが彼女たちの腹を鳴らそうとしていた。

 

「私はちょっと……昨日、嫌ってほどお肉食べたから……」

「今朝言ってたな。差し入れで貰ったんだっけか」

「うん……こう……山のようなお肉が……うっ」

 

 一方でフェイトは顔色を悪くしてカツサンドから目を逸らし、口元に手を当てていた。どうやらはやてたちとは逆に昨日の肉が未だに腹と食感が残っているらしく、その様子からどれだけ食べたのかが予想できてしまうが、フェイトはそこまで多く食べないので無理をしたのだろう、と誰もが想像した。

 実際、霊太は昨日のことを聞いたらしく、激戦を潜り抜けたような顔をしていた彼女の姿を思い浮かべる。

 

「だ、だから今日は野菜とかが多めだったんだね……」

「うん。ちょっと魚肉とかもパスした……」

 

 相当食べたのだろう。肉といっても魚肉すらも拒絶したというのだから、ほぼ献立が肉だったことは確かだ。

 それを想像……はできなかったが、フェイトの顔色が全てを物語っていたので霊太とアリサ、そしてなのははよく頑張ったと同情の表情をする。

 

 

「……ところで、零人君の家って普段お弁当か誰が作ってるの? やっぱり二人で?」

「ん。まぁ……二人の時もあるけど基本アイルーどもが昼飯とか晩飯とか作ってるし、あいつらが偶に弁当作る時もある」

「あー……あの猫さんたち?」

 

 ふとすずかから投げられた質問に零人はサンドを口にしながら答える。

 彼が転生した時に彼がプレイしていたゲームの中からオトモアイルーたちが彼と共に召喚されており、零人の家の炊事洗濯などを請け負っている。ただ零人が今朝ソルナと二人で朝食を作っていたように朝が弱いらしく、零人も自然と料理を作る切っ掛けを生んでいた。

 

「朝が低血圧とかなんとか抜かしてるから、こうして俺が朝飯作ることもあるってことよ」

「え、猫って低血圧とかあるの……?」

「知らん。俺が低血圧になりたいくらいだってのに……」

 

 ぼやく言い方でサンドを食べる零人は、今頃自宅で何をしているのかと話題に出たオトモたちのことを考える。昼になったので起きているのは確実だろうが、真面目に仕事をしているのかという一種の不安はあった。だが仮にもオトモと呼ばれているのだから、最低限仕事はしているはずだろう。ここのところ生活に慣れてきているのか、どこか身勝手なところが増えてきたな、と考えながら次のサンドに手を伸ばす。

 すると。一緒に食事をしていたなのはが話に割って入ってきた。

 

「……そういえば、ずっと思ってたんだけど」

「なんだ……?」

「零人くんってさ……お父さんとお母さんは?」

「…………」

 

 両親。その言葉を聞いた瞬間。零人の体に電撃が走り、その影響なのか体中に痛みが走り出す。頭が響き、心臓が縛られ、腹は砕かれる。ただ質問をされただけだというのに、質問に対して答えようとすると彼の体が無意識に拒絶反応を起こしだしていた。

 それを顔に出すことはせず、零人は目を逸らすとなのはに聞こえるか否かの音量で尋ね返す。

 

「……なんでそっちに話変わるんだよ」

「え。いやだってさ……」

「そういえば、私も聞いたことなかった。零人君の家、猫さんとかソルナちゃんたちが居たおかげで気にすることなかったし」

 

 何気なく投げかけた質問に、すずかも同乗し二人で質問をしてくるので零人は動かしていた口を止めてしまう。

 なのはとしては、いや普通の人なら疑問に思うのは当然のことだろう。子どもがいるのだから、その子どもを産んだ親がいるというのは人間という生物においてはごく自然なこと。親が居なければ子は存在できないのだ。例外はあるにしても、それだけは変わることはない。

 零人がいるのだから、親がいるという道理を言っているだけで他意はない。ただそういえば、と軽く思い出したささやかな疑問であるだけですぐに知りたいと思うほどではない。だが、転生者であることを知らない彼女にとって零人へのその質問が鬼門でしかないことは知らなかった。

 

「それにいくらソルナちゃんとかあのネコちゃんたちがいるからってお父さんとかが居ないっていうのは……ちょっとおかしいって思ってさ」

 

 質問した手前、なのはも話題の重さというのは理解していた。今まで見たことのない零人の親。かつて彼の家に入った時には親の姿どころか形跡すらなかった。それは零人の家庭の事情なのだ、とその場では納得し尋ねることはしなかったが自然と口にした手前、知りたいという気持ちもあった。

 

「なんだか、ふと思ってね。今まで気にはなってたの。こうしているけど、お父さんやお母さんはどこなのかなって」

「…………」

 

 沈黙したまま顔を動かすどころか口すらあけない零人は、なのはたちと目を合わせるどころか会話を聞いているのかというほど黙り込んでいた。

 それが零人にとっては泣き所のようなもので、彼にとっては隠しておきたいことであり話すべきことではないと割り切って話そうとはしなかった。無論、なのはたちがその事について話を振らなかったというのもあるが。

 

「聞いちゃいけないことなのかもしれないって感じてはいたよ。でも……知りたいから」

「……知りたいから、な」

 

 一応、理由に関しては彼女の中でいくつか思いきはしていた。親が出張でいないだけか、訳あって別居しているだけなのか。それとも親に棄てられたのか、はたまた。

 だが、零人の答えはそこにはない。それは彼が転生という理の外れた行為でこの世にいる限り絶対であり、彼がこの世に張り付けられた(・・・・・・・)人間である以上は道理が全て同じというわけにはいかなかった。

 

「…………」

 

 しばらく、沈黙していた零人は何というべきか、と考えつつ手に持ったサンドの表面を少し触る。その近くでは先ほどまで別の話題を話していた霊太とマサキもなのはの質問に対する答えを彼が何というのかと、俯瞰するように聞いていた。転生者である二人にとっては彼が聞かれた質問は興味の対象になりえた。

 その期待に応えることはせず、零人はなのはたちに対する答えを小さく息をついてから切り出した。

 

「……知らん」

「……え?」

「知らないって……」

 

 知らない。それが零人の出した答えだった。まるで他人事のような言い方と回答だが、その答えは実際のところ正しい。転生し親から生まれるという手順を踏んでない以上、彼は親の顔を知らない(・・・・)のだから。

 

「物心がついたときにゃ親父もお袋もいなかった。記憶にだってないし、顔も写真も見たことはねぇ。なんでかは……俺も聞いたことなかったからな。家が別にあるのかそれともって」

(…………)

 

 つまり零人にとって親がいるか否かという質問はどうあっても「知らない」もしくは「分からない」としか言えなかった。母親から生まれるという本来の摂理を無視した方法で彼は生を受けているのだ。転生したのであれば「居ない」と断言できるが、転生をばらしては今後のことに影響することになりかねない。加えて転生の話をしたところで別に何が変わるわけでも、ましてどうにかなるわけでもない。

 それが零人の中で考えた転生に関することに対しての答えと考え方だ。

 

「考えはした。けど、今はこうして生きることに手一杯だからな。向こうから何かしらしてくれねぇ限り俺は親のことに関して手を出すことは出来ねぇ。どこに居るか、なにしてるかなんて聞いたことも、手がかりすらないからな」

「じゃあ、もし手がかりがあれば探すの?」

「……どうかね。それがマシな手がかりならあるいわ。けど、ロクでもないのなら……考えるな。俺は」

 

 とは言うが、どの道零人にとって親という存在は存在しない。霊太のようにあらかじめセットされてない限りは、自分を生んだ人間など見つけられるはずがないのだ。同じ意味でなのはたちを納得させる言い訳としては既に死んでいる、というのが挙げられるがそれはそれで墓のことについて話が流れていく。

 だから、零人はこうしてあるはずのないことを知らないというしかなかった。

 

「ま。どの道、俺は今の生活とか事情があるからな。説明して納得してくれるかっつーのが問題だ」

「……あー……そっか。仮に零人くんのご両親が普通の人なら……」

「そーゆーことだ」

 

 なのはと同じことになる。そういって零人は最後のサンドを口に詰め込むと、両手を合わせた。

 いつの間にか昼食を食べ終えていた彼に、まだ半分も食べていないなのはは気が付けば一人置いて行かれたことに気づくと急いで箸を動かす。

 

「っていつの間に食べ終えてたの!?」

「なのはちゃんと話してる時に、零人君時々食べてたよ?」

「アンタが話に夢中しすぎて箸止まってたからよ。急いで食べないと、午後のチャイムが鳴るわよ」

 

 アリサからのダメ出しを喰らい泣き言を言いながら急いで箸を動かすなのはに頑張れよ、と他人事をいう零人。すると今度はそれを蚊帳の外で聞いていたはやてにつかまり、尋ねられた。

 

「なら、零人兄ぃの後見人っておるん?」

「……聞いたことなかった。つか別に気にすることじゃなかったし」

「……なんや前のウチみたいやな」

「あー……たしかグレアムのおっさんがそうだったな」

 

 はやても以前はグレアムが自分の支援者であることを知らなかったが、今回は零人がそのケースに当てはまるかもしれない。もしかすれば誰かが後見人となっているのだろうが、こればかりは零人は本当に誰が自分の後見人なのかを知らない。一応、神なのではないか、と考えているがそれは本人に聞かねばわからないことだった。

 

「ま。俺が何も言われてないってことは、たいして気にすることじゃねぇんだろうさ。だから大丈夫だろ」

「なんやフラグのように聞こえるんやけど」

「んなわけ……ない、ハズ」

 

 後見人のことを考えると変に不安になってきた零人は最後の辺りは目が泳いでしまっており、不安ありげな顔で笑ってごまかそうとしていた。

 それがかえって大丈夫ではない、ということを見せていたのではやても苦笑いして大丈夫なのかと心配してしまう。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 昼休みが終わり、午後の授業開始のチャイムが校内に鳴り響く。

 生徒たちは急いで教室へと戻り次の授業の用意に入るのだが、今日は最後の授業が生徒児童たちの代表を決める委員会を決める選挙があるということで、生徒たちはいったん教室に戻るが、その足で今度は体育館に移動することとなる。

 流石にこのような活動は単に張り紙をしてというだけでは生徒たちも誰に投票すればいいか、どんなマニフェストを掲げているかわからないので、古典的だがこの方法をとる方が生徒たちもわかりやすい。

 

「別に教室にテレビあるんだしよ、テレビ放送でいいんじゃねぇのか?」

「同感だな。態々体育館まで足を運ぶのも面倒だし、教室のテレビが無駄になるじゃねぇか」

「ところが、そうもいかんらしい」

 

 マサキが愚痴っていた零人と霊太の間に入り、なぜテレビがダメかを説明する。

 テレビを使用し選挙の放送をすること自体は過去にあったらしいが、贔屓にしている生徒を選挙に勝たせるために放送委員が妨害したり教員がわざと放送内容やマニフェストを改ざんさせたり、予め自分で用意したものを生徒に読ませるという行為が横行し、しかもそれが学校長まで行ったということから教育委員会などの判断でテレビ放送が禁止された、ということがある。

 

「……言っておくが事実だぞ。言質は取ってる」

「……北村?」

 

 零人の問いにマサキが頷く。マサキの顔は基本仏頂面から動くことは滅多にないが、同じ転生者だからなのか、ある程度はわかったので彼が嘘を言っていないことは零人も顔を見ただけで判断ができた。

 斯くにも過去にそんな生々しい政治劇があったのかとため息が出るが、それ以上に自分たちの方に苦労が回ったのかという方の落胆が零人と霊太にとっては強かった。

 

「マジかよ……」

「つかこの学校、思ってたより生々しい過去持ってんな」

「生々しいのはこれだけじゃないぞ、他にも……」

「まだ、あるんかよ……」

 

 生々しいだけでなく、そういったことが他にもあるということに頭を抱える。そんな過去があるこの学校で形式は違うとはいえそれに近しいことをするのだ。どうあってもトラブルの一つや二つは絶対に避けられないだろうと、この後に行われる選挙が無事に終わってほしいと願う。

 しかし、それが同時に無駄になるのかもしれない、という予感は零人の中にもあった。

 ……主にロクでもない方面で、だが。

 

 

「あ。やっと来たわね、このだらけ男子三人組」

「来たヤツ順だからお前ら最後だってよ」

 

 体育館の中では生徒たちか既に自分のクラスに固まって座ったり、近くの友人や生徒たちと話をしている。だが、生徒たちの順番はどうやら身長ではなく来た生徒たちの順番によるものらしく、あえて零人たちと一緒に固まることを考えていたなのはたちは遅れてやってきた彼らを待って座った。

 

「ヴィータ、はやてどこ行った?」

「ああ。はやてならさっき舞台裏に行ったぞ。立候補するやつらはもう集まってるらしいからな」

「物好きなヤツが居るもんだな。どうせ大半が眼鏡かけた陰険がり勉だろ」

「……すげーな零人。なんでわかったんだ」

 

 冗談半分に言ったことがまさか本当だったとは思ってもなかった零人は、一瞬固まってしまい、近くに座っていたなのはとフェイトに顔を合わせてアイコンタクトで「本当か?」と訊いてしまう。それには二人も顔を見合わせることもなく一緒に頷き、フェイトいたっては純粋に零人の予想に驚いていた。

 

「すごいね、零人。大当たりだよ」

「五人中三人が眼鏡かけてたの……」

「……嘘だろ。いや、別に眼鏡かけることは悪くはねぇけどよ。こういうのって外れるのが道理だろ」

「道理って言われても、事実だし……」

「別にいいんじゃねぇか? がり勉なのかはアタシも知らねぇけどよ」

 

 斯くして生徒たちが集まり、ほとんどが座り終えたところで壇上に生活指導の教師が立つと五時間目の総合、と言う名の選挙が始まった。

 立候補者五名。内、三名は眼鏡をかけ、残り一人はなにを言いだすかわからない子狸一人。明らかに真面目を馬鹿にするような選挙の予感があった零人は

 

「……無事に終わるのかよ、コレ」

 

 ……と誰に言うわけでもない事を口にした。

 

「大丈夫のはず……なの」

 

 

 

 生徒児童の委員会。いわゆる生徒会の選挙は至ってシンプル。壇上に立候補した生徒たちが座り、一人ずつ前に立って当選したら何をするのかを発表する。大抵は毎年似たようなことなのであえて割愛するが、それが実現したということは過去にはあまりないらしい。生徒たちが高らかに掲げた目標はあまりに高すぎて実現が難しいものばかりだったからだ。

 無論、中には実現可能なものもあったが時期やその時に起きたトラブルなどで中途半端だったりと、実現したかどうかで言えば否だろう。

 そんなできるかどうかもわからない事をいつかやってやる、という無謀にも等しいことを目標に立候補者たちは自分たちの目標を発表し、その後教室に戻り生徒たちに投票を実施する。教室内であらかじめマニフェストの書かれた用紙が配られ、それを生徒たちが体育館で聞いた中でどれがいいかを選択。その後、回収し集計。結果発表という流れで、結果が判明するまでは約一週間はかかる。

 

 

「つっても立候補する奴らの言うことって大抵同じだろ?」

「それもそうだな。靴下の色、髪の長さとか結び方、その髪留めの種類。あとは……スカートの長さ」

「あとでタコ殴りにされても知らねぇからな」

 

 後ろに座っている霊太の言葉に耳を傾けつつも、始まった選挙を暇そうに眺める二人。

 零人が言っていることは正しく、実際生徒たちがこの場で発表することは同じようなものが大半。一人は生徒たちをより自由に学校生活を送れるようにと身だしなみの改正。また一人は厳しく規制されている髪留めや持ち物に関しての緩和。その他にも通学に使用するためのバッグの自由化などもあったが、いずれも典型的と言わざるえない。

 

「……すごくだるいな。こりゃ」

「な。大抵同じようなもんだろ?」

 

 初めてこのような事を体験するヴィータは既に目が座っていて、必死に頬杖をついて耐えているが、彼女の目は今にも閉じそうで意識も空の上へと舞い上がろうとしていた。昼食後すぐにということもあり、腹が満たされて眠気のある生徒もちらほらといて、中には顔が下に向いてしまっているものもいた。零人も意識はまだあるが、このまま面白みのない演説が続くとなれば後に控えているはやての番にはもう眠ってしまうだろう。

 

「みんな言うこと、あんまり変わらないね」

「そりゃそうよ。今の学校生活をどう変えようかっていうので苦戦しているんだもの。向こうの言うことを大体聞いていれば、平穏無事に卒業できるっていうのが学校なんだし。校則も極力私たち生徒にストレスをかけないようにしてはいる。けど、それでもいくつか不満があるから──―」

 

 こうして選挙で不満点を言い、それを生徒たちの手でやらせる。それが生徒児童による委員会の実態と言っていい。生徒たちにやらせてはいるが、実のところは教師と生徒との中間で橋渡しなどをする中間管理職。校則を大きく逸脱しない形で自分たちの学校生活を充実させるための自由化。それが生徒たちの中でできていた一種の原則のようなもので、それは教師と生徒という構図が出来上がっている時点で覆すことはほぼ不可能になっているのだ。

 

「先輩たちも苦労しているわよねぇ。だって、高学年だからって理由で無理やり立候補させられるもの」

「なんか、アリサの言ってることが愚痴に聞こえるんだけど……」

「諦めろ。言ってること事実の時点だし。俺らもいずれはそうなる……かもしれねぇんだからよ……くあっ……」

 

 見透かしたような言い方で語るアリサに、あまりこういった場を経験せずにいたフェイトは達観した彼女の物言いになにかこう言ったことで嫌なことでもあったのか、と気遣うがいずれはこうなるというビジョンが目の前にあるということを見せつけられていることに一種の憤りを感じているのだと、欠伸をしながら霊太が返す。

 

「ま。四年になった俺らも自由意志は残ってるけど、向こうとしては低学年のうちに経験のある児童委員出したいって本音があるんだろうさ」

「どこも同じよねぇ……」

「おーい、そこの二人。飲み屋の愚痴じゃねぇんだぞ」

 

 零人に注意された二人は悪気もなく事実だと返すと、また壇上で行われている演説発表に目を向けるが、その内容と言えば最初に霊太が言った通りの内容ばかりで面白みもなかったので、生徒たちもあまりに暇すぎて中には小声で会話をしている生徒もいた。だが、そういった生徒は周囲にいる教師たちに注意されている。

 

「ま。お前らが話してる間に、あとは二人になったけどな」

「早いな、もう残り二人か。一人ははやてだとして、もう一人ってのは?」

「えっと、確か……」

 

 なのはが立候補した生徒の名前を思い出そうとしたその瞬間。五人目の立候補者として、その人物の名前が教師によって読み上げられる。それが自分たちと違う日本人の名前ではないということでなのか、自然と耳に入りなのははその名前を復唱する。

 

「……ウォルコット、さん」

「……なのは、お前今の放送まで知らなかっただろ」

「だ、だって他のクラスのことあまり知らないっていうか……零人くんだって同じでしょ!」

「俺たちは知らなかったんじゃなくて知る気はないだけだ」

「それって色々と失礼だと思うけど」

 

 零人がはなから知る気がないと言い切ったことに素早く突っ込むが、そんなことをしている間にも選挙の発表は続く。五人目の立候補者として名前が読み上げられた少女、ウォルコットは教師たちに促されて前に立つように言われると、零人たち、そして他学年、他クラスの生徒たちの前にその姿をさらけ出す。

 

「……綺麗なの」

「……ああ。嫌なほどに、な」

 

 生徒たちの前に現れた刹那。目を閉じ、穏やかな表情をしているだけだというのに、その姿を一目目にしたなのはは思わず言葉を漏らす。

 フェイトのような長い金色の髪。幼くまだ零人たちとさして歳が変わらないというのに髪は古風なロールが巻かれており、きめ細やかな肌の色が白いからか輝いて見えてしまう。これには零人も素直に彼女が美しいということに同意し、品のある佇まいのした彼女が一体何者なのかと警戒心を強めていた。

 

「……おい、バニングス。ウチの生徒のあんな奴いたか?」

「……変ね。始業式の時にクラス表みたけど、名前も見たことも聞いたこともないわ」

「私も。それに最近、誰か転入してきたって話も聞いてないし……」

 

 聞いたことのない名前に後ろにいたアリサたちに尋ねた零人。学校の内情は彼女のほうが詳しいこともあり、何か知っているのではないかと僅かだが期待していたが、アリサも流石に情報やよろしく全てを把握しているわけではないので、自身の記憶を頼りに名前を照らし合わせるが、その後ろに座るすずか同様に彼女のことを知らず、わからないと答える。

 

「……なのは、は聞くまでもないな」

「うぐっ……」

「ま。それを抜きにしても、ちょっと謎の多い少女ってわけではないわな」

 

 ただの謎多き人物にしては、来歴や転入方法など謎にされている部分が多すぎる。まるで今までいつの間にかいたという異様さは彼らが警戒するには十分なものだ。

 ──―彼女は一体……? 

 零人が彼女の謎について考えていると壇上にいた教師からマイクを手渡され、ウォルコットが瞳を開く。壇上にいたが目を開けることをしなかった彼女の目蓋が開かれると、今まで閉じていたものが開かれたかのように奥に輝く碧眼の瞳が現れ、宝石が現れたかのように生徒たちは瞬く間に彼女の瞳に吸い込まれる。

 

(なんだ? 急に、あいつの目に……)

 

 

「先ほどご紹介にあずかりました、四年生のウォルコットと申します。この度、選挙委員の新委員長に立候補いたしました。先輩方が多く立候補する中、四年という時期に立候補するのもいささか浅慮にも思えますが、それでも私は自身の成すべきことを成したいがためにこの場に立たせてもらっています」

 

 粛々と始まった発表だが、その言葉使いと佇まい。そして生徒たちを見回すように動く顔から零人はまるで選挙を聞いているかのように思えてしまった。

 

「さて。先ほど先輩である六年の方々がこの場で目標を発表しましたが、その内容はいずれも私たち生徒のこと。より自由な学校生活を送るためにまずは身の回りから、ということで身だしなみや学校生活の充実化を謳ったものが殆どでした。

 ですが。私はあえて、その身近さから外れていこうと考えています」

 

 選挙といえばただ政治家たちが長々と演説をするだけ、そう思っていたが、言い方やその態度が原因ということもあるが、彼女の言うことはどこか大人びていて、本当に街頭演説でも聞いているかのような倦怠感を感じていたが、それは単に零人がこういった場が嫌いなだけで、直接の原因と理由にはならない。

 ただ。単に彼女の雰囲気や態度が大人びているというだけで、あれば一体何者かと考えながら俯いているだけでよかったのだが、零人の目は離してはいけないと無意識が訴えかけていたせいで離すことができず、彼女の動きを見逃さないように観察していた。

 

(なにを言う気や……?)

(嫌な予感しかしねぇな……なんだ?)

「近年、この海鳴小でも生徒間でのいじめや暴力沙汰が問題になっています。生徒たちの間では既に力のある生徒がグループを組んで、弱い生徒に対し集中的にいじめを行うというのが主な方法で、それによって生徒たちの間だけで他の生徒との確執だけでなく、ある種の明確な区別がなされており、この学校には多くの被害者に対し少数の加害者によって支配されつつあるという状態になっています」

 

 発表を始めてまだ数分だというのに、早くも雲行きが怪しくそして何を言うのか分からなくなってきていた。これには壇上にいたはやても何を言いだすのかと期待する半面、零人同様に恐ろしさを感じていた。

 今までの、いや同年代の人間としても彼女の言い方、態度、そして雰囲気はどこか違う。まるで自分とは次元すら違うような。

 直感で話し始めて数分だというのに、零人も彼女の言葉に恐怖を覚え始め、そして何を言いだすかわからないと、一言一言を聞き漏すことができないほど神経をとがらせていた。

 

「加えて、生徒たちの間で横行されているいじめは教師陣に見えないところで行われるのが多数。そのせいで教師の方々が知らないところ、知らない間にいじめが散発的に発生し、この学校は彼らだけが居心地のいい学校へと変異しています」

「……今に始まった話でもねぇだろ」

「やたらに食いつくなよ」

 

 不貞腐れた顔でぼやく零人に同情する霊太は声をかけるが、彼も年齢が近いので否定はしないと内心彼も同じ気持ちだった。

 

「このままでは生徒たちの学校生活をいくら自由にしても、根本的な問題の解決にはならず、私たち生徒が安心して学校生活を送るということが難しくなります。

 一握りの人間を楽にさせ、楽しませるだけの学校生活。それが果たして学校という場所のあるべき姿なのか。無論、私はノーと言わせていただきます。それは今の社会となんら変わりないのですから」

 

 零人の中で嫌な予感というものが加速する。それは同時に彼の頭を働かせ、まさか、という可能性をはじき出すには十分な緊張感と話の流れだった。

 

「他の生徒たちが楽しく、安心して学校生活を送るためにはどうすればいいか。

 それは一握りの人間にだけ、その楽しさを独占させないようにするということです。ただ彼らだけを楽しくさせるために学校というものはあるのではないのですから。

 ……もし。それでも自分たちの楽しさだけを優先するというのであれば、それは厳正に罰しなければいけません。たとえ些末な事であっても、です」

 

 その瞬間。零人は次の言葉が未来からやってきたかのようにポツリとつぶやいた。

 

「疑わしきは罰せよ。そして、私欲におぼれたものには罰を、か」

「おいおい、それってよ……」

 

 

 

「私は当選した暁にはこうしたいじめを撲滅(・・)するための専門委員会を設置することを宣言します」

 

 臆することもなく、まして隠すことや遠まわしに言うこともなくウォルコットは堂々とした態度でそう言い切った。それは他の生徒たちの顔色や教師たちの考えを大きく上回ることであり、生徒たちの端で彼女の演説を聞いていた教師たちは呆気にとられ中には口を開けたりする教師もいた。

 まさか生徒がそんなインパクトのあることを言い出すとは。彼らが思っていた彼女の演説に対する感想だった。生徒たちが自由に学校を過ごせるために、まずは私欲しか頭にない生徒たちを撲滅しよう。そんなプロパガンダのような目標に彼女の精神の成熟さが他とは違う。そう思っている((だけ|……))だった。

 

「教師はただの発表で片付けるだろうけどよ。ありゃマジだな」

「ああ。本気で言ってるぜ」

 

 そう。ただ発表のインパクトをつけるために態々そんな危ないことを言うだろうか。実際にその世界に身を置き、いつかは自分も被害者になるかもしれないという世界に身を置いている彼女が、ただ私怨と怒りを爆発させるためだけにこんなことを言うだろうか。

 教師の殆どはただの恨み辛みとして彼女の発表を受け取るのかもしれないが、零人たちの目には彼女が実際にそれを実現しようと考えているという目が見えているので、それを本気でいい、やろうとしているということがわかった。

 

「私利私欲を肥やす人間を排斥せよ。まるで現代社会の私たちの本音ね」

「お前の本音かどうかはさておくとしても、学校の実態は事実だし、やろうという意思はあるだろうよ。それを先生らがマジと受け取るか嘘と受け取るかは……言うまでもないがな」

 

 当然、教師たちの反応は驚愕こそしているが、その内容があまりにも実現のできないこと。小学校という枠組みではできないことだったので、それを本気で言っているのかという反応が共通の答えだった。同時に、それは教師にとっては笑い話になるようで現実であれば笑い話にもならない、いわゆるブラックジョークの類……そう思っていた。

 が、それがただの小手調べやメインの発表の前の軽いジョークだと誰が思っただろうか。

 ウォルコットがそれを言いきり、そしてマイクを持つ腕をさげた瞬間。子どもである生徒たちですら、彼女の意思をくみ取ることはできた。

 

「撲滅もそうだが、まさか小学生がだいそれたことを口にするとはな。アイツ本当に小学生か?」

《《お前が言うな。お前(転生者)が》》

 

 念話での突っ込みを受けつつ零人は言い返せないのか頭を少し低くする。

 しかし、それでも彼女の言うことに違和感と現実味があるということで、近くに居たアリサも同様にその違和感を口にした。

 

「ま。小学生が言う内容ではないわね。要はいじめが横行するならそれを取り締まる組織を作るって意味でしょ。撲滅用の」

 

 演説の内容があまりにも都市に似合わない真面目かつ大きな目標であるということから、彼女がそれを本気でしようとしていることに生徒たちも揺らいでいた。ただ零人たちの場合は、その前に彼女が言った目的に関して話していたので票を入れるか否かの考えは行わず何故そんなことを言うのか。教師たちの反応はと、こちらもまた歳に似合わないことを話し合っていた。

 言うは易しだが、実際にやるとすれば教師たちが黙ってはいない。言うことは簡単だとしても、仮に生徒たちが彼女を選んだとしても。

 

「でも、仮にここで彼女が通ったとしてもここで明かした目的を先生たちが通すかな……」

「通さねぇよ。いじめが横行しているのは教師も知ってるし、そのせいでガードされているのも知ってる。だから業を煮やしたヤツがここで出て来てもおかしくはない。

 けどな。まずアイツがその前提で話してるかが問題だ」

 

 つまり学校に入り、学校生活を送り、そして打ち出した目的というわけではない。彼女の目的はそもそも経験から生まれたものではなく、客観的な観察の結果、改善すべきと判断されたものと同じだった。

 

「アイツはただ目の前の間違いを調べて、それを指摘しただけ。今までの経験とか記録とかからではなく、ただ表面的にあるものを観て判断したってだけだ」

「だが。それは奇しくも当たっていた。いや、大よその予想はしていたのだろう。あとはそれらと照らし合わせたものを打ち出した。子どもであるからこそわかること、本当はついて欲しいところをヤツはピンポイントで当てたんだ」

 

 静観していたマサキさえも話に加わり、ウォルコットの意見に揺れる生徒たちの顔を窺う。彼の隣に座る他クラスの女子生徒は息を飲んで、まるでそれが本当なのかと訴えかけているような目だ。

 崇拝。カルト宗教のようにただ言葉だけで生徒たちを信じさせようとしている。ただ生徒の大半が思っている急所を突いただけで、彼女は人心を手にしようとしていた。

 

「見てみろ。生徒の大半はそれが本当かと疑ったりしているが、それにすがるような顔をしてているヤツもいる。逆にそれに不快感を持っているのは彼女が当たった時にいぶり出されてしまう連中。加害者たちだ」

「生徒の自由っていうより、生徒の整理と調整って感じだね……」

「嫌いなやつは嫌いなままでいいってか。だったら、好きなヤツと居られる場所を。それだと小学校って場所の意味が変わるし、意味もなくなっちまう」

 

 息を飲むフェイトにマサキと零人が割って入る。

 彼女が言ったことは生徒を自由にするというよりは生徒を整理して、関係性を調整するといった方が近い。自由というのは比較的縛りがないものを指すことだが、彼女の言うことはそういったことを制限することになる。

 生徒たちをそれぞれの対人関係に合わせて整理することで確かにいじめは消滅し、確執、力による関係は自然と牙壊するだろう。だが、それは生徒たちの手で行った人間関係の改善ではなく、単なる逃避、現状維持をしているだけとも言える。

 ただそのままにするべきか、それとも生徒たちの手で解決させるか。その点で言えば教師は後者を望むが

 

「ま、ヤなヤツが居れば関わりたくないっていうのは確かに同意するけどな」

「誰だって、好き好んで嫌な奴と話す気にはなれないからな」

 

 続けざまに話す零人と霊太に小声で「アンタたちは……」とアリサがつぶやく。

 生徒の本音と言えば、嫌な相手とは関わりたくない。彼女の意見に対しほぼ同意していると言っていい。なにせ、彼女を支持すればもう二度とそういった生徒と関わることが極力無くなって、自分が嫌な想いをしなくてもいいのだから。

 いじめなどによる確執や力関係の横行を防ぐというもので、生徒たち自身にその関係性を改善させる気は最初からする気はない。だからといって私が導いてやる、というような傲慢なものでもない。

 ただ問題点があるから、それを正すだけ。ただそれだけなのだ。

 

「生徒にとっちゃうまい話だが、教師にとっちゃ素直に首を縦には振れねぇよな」

「生徒についての問題を放棄してるも同じだかんな。周りからしちゃ責任問題ってヤツだ」

「でも、そんなの私たち……当事者である生徒たちにとっちゃ関係のない話よ」

 

 実際、話を聞いていたアリサもウォルコットの話には旨味を感じており、それだけ自分にとっても嫌な相手がいて二度と顔を合わせたくないという感情が刺激されていた。

 今の生徒たちにとって複雑な思考はもちろんのこと、自分と相手との区別、差別のためには目に見えるものでなければ示すことができない。暴力、成績、運動能力、過去の出来事。そういった物体的なものが、彼らにとっては最も信憑性のあるものだ。

 

「けど、それにしても今まで面白みのなかったものが一変しちまったな。おかげで見て見ろ。周りの連中、かなり食いついてるぞ」

 

 今までの発表内容がどれもありきたりで、しかも一定以上を超えない、という暗黙の了解のようなものがあったので、似たり寄ったりな内容に生徒たちは無関心だった。ところが彼女の言う目標が打ち出された瞬間。生徒たちは目の色を変えて彼女の言葉に食いついた。

 

「こりゃ、最後に残ったはやてがきついぞ」

「革命宣言みたいなこと言われた手前、変に期待もあるからな。八神のヤツが言う内容によってはウォルコットの一人勝ちだな」

 

 前の発表のインパクトが高すぎたこともあり、次の発表にその余韻が残ってしまう。それによって生徒たちは次に発表する人間──この場合で言うならはやて──に対し変な期待感を持ってしまう。もちろん、生徒たちも必ずしもはやてが印象に残ることを言うとは思っていない。ウォルコットの言うことの規模が大きすぎただけで、本来前の六年生たちが言ったようなありきたりなことがこの場では当然のことなのだ。

 

「なんか……はやてちゃんのアウェー感が凄いね」

「うん……だってあんな発表……っていうか宣言のあとだし……」

「それをどうにかするのがアイツの問題だな」

「はやてのヤツ大丈夫かなぁ……」

 

 なまじ彼女の前の発表のインパクトが残っているので、生徒たちの熱もまだ温かい。このままでははやての発表によってはせっかくの熱が冷めてしまう。その場合彼女に対し、どれだけいいことを言っても票が入らないということになってしまう。

 

「私だったらプレッシャーかかるなぁ……」

「安心しろ、なのはがあそこに立つのは絶対にない」

「……言えてるわね」

「うん……」

「ちょっと、零人くんっていうかアリサちゃんすずかちゃんまで!?」

 

 なのはがあそこに立つ時はきっとロクなことがないと揃って考えていた三人に対し酷すぎると泣きわめくが、それがあまりに納得できることだからかフェイトですらかける言葉が出て来ずに固まってしまう。

 必死になって頭を動かし、なにかかける言葉はと考えているが、パズルのピースがハマったような感覚のせいで言うべきか否かで既に立ち止まっていた。

 

「高町がプレッシャーかかるとかはどうでもいいとして」

「どうでも良くないからね、霊太くんッ!?」

「問題は八神のヤツがどうするのかだ」

 

 

 前に発表をしたウォルコットの起こした波乱の渦は生徒たち全員に強い印象を残し、生徒たちの視線だけでなく興味すら総なめしていた。前の六年生たちが必死に考えて打ち出した目標は全て彼女の言葉によって霧散し、代わりに彼女の目標が生徒たちの心を鷲掴みにする。

 そのおかげで未だ興奮冷めやらぬ状態のままはやては自分の目標の発表に臨まなければならない。

 

(なんちゅーか、よぅあんな事いえるなぁ、先生らの前で)

 

 教師たちの居る前で彼らへの不信を言い出したのだ。それによって教師たちの印象、彼女への見方はほぼ決定されたと言ってもいいが、その原因となった目標に未だ信じられない、本気なのかと疑う教師も居るのも確かだ。

 

(でも。やるしかないかぁ、しゃあないし)

 

 しかし今は自分の番。であるなら、今度は自分の風を起こせばいい。

 自分の世界に彼らを引き込む番だ。入れ替わるように前に出てきたはやては一瞬、ウォルコットと顔を合わせるとしばらく彼女の表情を見た後に生徒たちの前に、零人たちの前へと立つ。

 

『えー……続いては四年、八神さんお願いします』

 

 自分の手には大きいマイクをしっかりと握りしめ、小さく息を吐いて呼吸を整える。

 確かに前の発表の余韻はあるが、それを利用しない手もない。

 だから。

 

 

 

(こっからはウチのステージや……ッ!!)

 

 

 

 刹那。はやてはマイクを口元に近づけるのではなく、高らかに天へと掲げて、生徒たちの目を自分ではなく自分のもつマイクに向けさせる。他の生徒のように粛々と始めるのかと思ったが、彼女は他の生徒とは入る形から違いを持たせようとしている。

 

「お……?」

「何する気だ、アイツ?」

 

 変わった演説の切り出しに興味が沸く一同。

 普通ならマイクを口に近づけて話すところを、天高くに掲げて注目を集めるという奇抜な方法をとるはやての行動は目新しさもあって生徒には受けがよく、その行動だけでも期待を持たせられた。

 このまま彼女の独壇場に持ち込めば先ほどの陰湿な空気は晴れる。そう誰もが思っていたが、この瞬間だけ零人たちは忘れていた。

 壇上に立っているのが八神はやてなのだということを。

 

 

「四年生の八神はやてです。私は今日、あることを宣言するためにこの場に登壇しました。それは、生徒の自由についてです」

 

 いつになく真剣なまなざしと声のトーンで話すという雰囲気に意外性を感じる零人。その顔はいつものおちゃらけたものではなく、以前の闇の書の事件の時の時のような眼差しと立ち姿で、彼らはやてを知る面々に期待を持たせる。

 

「この海鳴小では生徒に指定の制服を着用することが義務付けられています。生徒の身だしなみを整えるという意味でこれの着用が義務付けられている。それは私も承知しています。

 ────―しかし!!」

 

 が。この瞬間、零人らの脳裏に僅かに不安の文字が浮かび上がった。

 

「男子女子、ともに夏・冬用の制服は各季節の気温の変化に十分対応しきれてないのが私個人の目ではありますが判明しております。具体的には男子生徒は背中が汗だく、女子は冬場はロングスカートの下から冷たい風……これでは私たちの学校生活がエンジョイできません! 生徒の健康もさることながら衛生的にも問題があるのです!」

 

 熱弁をするはやてを見て、ふとなのはが口を開く。

 

「……零人くん」

「なんだ」

「……いやな予感がするの」

「……俺も」

 

 

「そこで! 私が当選した暁には、まずは生徒の健康と倫理のために制服のデザイン変更を行わせていただきます! というかさせてみせます!! 

 男子生徒の場合は通気性の良い、水はけのいい夏服。

 女子生徒は冬用に防寒性のあるズボンと通気性のいい薄くも丈夫な夏服!!」

 

「おい、倫理とか言いだしたぞ」

「っていうか女子だけすごい具体的だね」

 

「そしてぇ!! 制服だけでなく私は体操服と水着にも変更を約束します!! 

 体操服は機能性を重視したものを! 女子はブルマ、男子は短パン! 

 水着は水を含めば体と密着するタイプをぉ!!」

 

 

 この時点で面々はそれぞれの反応を見せる。

 零人は頭を抱え、なのはは苦笑い、アリサは溜息をつき、すずかは目をそらし、霊太は大笑い、フェイトは赤面になり、ヴィータは頭に疑問符を浮かべ、マサキは居眠りをする。

 ここより開場した八神劇場。はやてが打ち出した現実味のある野望は教師らにとっては本気かと言いたくもなることばかりで、そのマニフェストの大半は彼女の本性が混ざったもの。ということで、セクハラどころか下ネタともとれる発言に教師らもどう反応していいか分からない。

 肝心の生徒らはというと、はやての言葉に妙な信頼性を感じられたのでそれに賛同したり、彼女と同じ目的でそれに賛同し騒ぐものと様々。

 総じていえばはやてに対する評価はともかくとして、期待も高く好印象を獲得することに成功。

 この後はやての独演会を担任の北村が止めるまで続き、その光景はカルトというより狂信者らのそれで最終的に八神コールという喝采のもとはやては壇上から降ろされた。

 

 

 

「時代は機能性とエロやぁ!!!」

 

 

 

 これがはやての最後の言葉だった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「っていうかこの学校の生徒の精神年齢お前と同じかよ」

 

 授業終了後。下校までホームルーム前に、机に座った零人の第一声がそれだった。

 独演会のあと、説教を受けていたはやてとその彼女の打ち出したマニフェストによって生まれた話題がそこかしこで発生し、生徒たちの大半はその話題で持ちきりだった。

 女子ははやてを侮蔑する者もいたが、それでもやはり制服の機能性に難を示していた生徒は多かったようで、彼女に同意してこうしてほしいという願望を口にする者も多かった。

 そして精神的にはやてと同等かつ同レベルな男子生徒は思春期真っ盛りということもあり、その手の方面で話題が盛り上がり、まだわからぬ性知識を総動員し自分の性欲を刺激させようとしていた。

 

「いや、そこは八神と中身が同じってとこがおかしいだろ」

「それもあるけど、よくはやてあんなにスラスラと出てきたね……その……目標をさ」

 

 冷静な突っ込みをする霊太の近くでは、初心なフェイトが机に顔を沈めて真っ赤な自分の顔をカバンで隠している。性的なことに耐性のない彼女なので未知の領域と性の世界は想像することも難しくあったが、性に関する感覚はあったのでその感覚で恥ずかしさと興奮が隠せないので、抑制も処理もわからずにうずくまることしかできなかった。

 そしてその原因を打ち出した本人はと言うと……

 

 

「いやぁ好感好感! これは一週間後が楽しみやな!」

「はやて、すっごい生き生きしてたな」

「そりゃあもう! この演説で学校の生徒のトップ取ったんは間違いナシや!」

 

 独演会の反響で手ごたえを感じ、勝利を確信したはやては満足げな顔で椅子で揺られており、その満足げな顔に苦笑いともとれる顔で見ていたヴィータはそれならいいが、とつぶやく。彼女にとってはこの出来事は初めてなので主であるはやてが満足ならそれでもいいが、と考えていたが完全に平常運転だった独演会と零人らの反応にはやての異常さと野心は理解できていた。

 

「……零人。これっていい事なのか?」

「そこは生徒に全投げじゃなきゃワンチャン先生がなんとかしてくれるだろ。一応大人なんだし」

「アタシからみりゃ零人も投げてるように見えるけど」

「気のせい気のせい」

 

 投げやりな零人の態度に突っ込みを入れつつ反応ではやての平常運転っぷりを理解したヴィータは目をそらした彼の後ろ姿を見ていたが、ふとなのはが話題を変えたのでそれに今度は耳を傾ける。

 

「そういえばアリサちゃん、あの人……セシルさんだっけ。クラスってわかった?」

「クラスは隣よ。さっき教室の中で本人を見かけたわ」

 

 やはり気になったのか、なのはがセシルのことを話題に切り出しそれに全員が耳を傾ける。謎多き少女、という以前のフェイトにも似た彼女の雰囲気もさることながらやはり気になったのは彼女の発言によるものだからだろう。

 いじめの撲滅という聞こえは子どもっぽくも中身は現実味を帯びた計画という彼女の言葉は良くも悪くも学校内の話題で持ち切りで、実際彼女の言葉でくすぶっていたいじめへの目がそこかしこで火の手を上げようとしている。セシルの言葉は適格とまではいかなくとも生徒らの心を刺激するには十分だった。

 

「隣のクラスなぁ……そんなのが壁一つ向こうの教室にいるなんて知らんかった……って言いてぇが」

「今までいたか、アイツ」

 

 しかし、セシルという名を今まで聞いたことがあるかと言われればそうでもなく、零人と霊太の問いになのはらは目を合わせ首を横に振る。

 ただ一人、情報通のアリサは否定の後に可能性を一つ言った。

 

「最近転校してきたんじゃない?」

「にしてはアリサが知らねぇってのもな。お前耳ざといし、こういうのは直ぐ耳に入ってくんだろ」

「……それもそうね……」

 

 そも、フェイトやはやて、ヴィータのことも転入時に耳にしていたことからアリサには学校内の情報通のイメージがあり、当人もそれを自負し、それだけの情報を有している。情報屋ではないにしても彼女の耳には大抵のことが入ってくるので、セシルのことも例外なく知っているはずだ。

 が。アリサはそれを知らず、初めて見たということから彼女の耳には入っていない。

 

「裏口入学とか」

「実はビッグな人の娘さん?」

「じ、実は女でした……とか」

「八神と高町のはともかくとして、フェイト。それ隠す意味あんのか」

 

 はやてとなのはのを突っ込みたいが先にフェイトのを突っ込む霊太に、言いだした当人は直ぐにへこんで机にふさぎ込む。当人も頑張って意見を絞り出したのだろうが、それを霊太にあっさりと返されたのは相当効いたようで、これには周りの白い目線を霊太が受けることとなった。

 

「しゃーねーだろ……そういうの指摘したくなんだろうが」

「せめてもう少し優しく言ってほしかった……」

「あー……はいはい。俺が悪かった。悪かったから泣くなよ……」

 

 拗ねてへこむフェイトに霊太が頭をなでて慰める。椅子だけを寄せて彼女を慰めるだけに近づき頭をなでているという光景は最近になってよく見るもので、この当たり前にもなってきた二人の関係は周りの面々からすれば同年代ではあるが微笑ましくもあった。

 

「はいはい。ごちそうさま」

「フェイトちゃん、随分と霊太君になついてるね」

 

 この光景にアリサは溜息をつき、飽きれながらも笑みを見せて眺めており、同じくすずかも二人の様子を微笑ましそうに見ていた。

 

「そしていつか、フェイトちゃんは本当にリョウ君の犬に……」

「二人の関係は主従にも似た禁断の関係に……」

「はやて、すずか。その辺にしとかねぇとなのはの顔が笑ってないぜ」

 

 と。ヴィータの警告を聞き、その瞬間二人はなのはから目を逸らし話すのをやめた。

 これ以上言うと確実に〇される。という気配をありありと出す彼女に逆らうことなどできず、一瞬にして周りの覇者となったなのはの意思である沈黙に徹する。

 その後。六時間目の授業が終わるまでこれが続いたという……

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 放課後。

 最後の授業を終えてホームルームを済ませた零人らはこれで無事、帰宅できると期待していた。だが、彼らのそんな期待を軽く裏切るかの如く、最後の障壁として立ちふさがるかのように放課後でありながら零人らの姿があった。

 居残りで補習でもやらされているかと言われれば、そうではなく。海鳴小では放課後に清掃しなければいいけないというだけのことで、今週は零人らがその番だ。

 

 

「はぁ……だりぃ……なんで放課後に掃除なんぞせにゃいけないんだよ……」

「ぐちぐち言わない。班制だから仕方ないでしょ?」

「いや、そうじゃなくて。せめて飯の後にしてくれって話」

「それはどうだろ。お昼に掃除すれば早いけど、帰るころにはまた汚れてるよ」

 

 同じ班のメンバーであるなのはに言い返され何も言えなくなる零人。なのはの言う通り昼休みに掃除をすることは別段問題はないが、せっかく綺麗になった教室や廊下が帰るころにはまた汚れたりごみが落ちている可能性もある。それは一種の無駄ともいえることで、そうなれば帰る時やこうした放課後に清掃をする方がよほどマシだろう。

 しかし、零人は転生前にそういった環境。それが当たり前であるという世界で育ち、経験しているので、そちらの方が肉体的にも慣れており「その方がいいのではないか」と傾倒した考えになってしまう。なので、なのはの言葉に自分の常識を崩されたのに加えて新しい情報を手にし、一つの意見。可能性として受け入れられる。

 

「……そういうもんかね」

「そういうもの……だと思うけど。零人くんは違うの?」

「んー…………できるなら俺は面倒ごとは避けたいし、やらなきゃいけないのなら先にさっさと済ませる」

 

 零人自身は面倒なことはお断りな性分で、それをしないに越したことはない。しかし、それが必要であるなら割り切ってしまう。切り替えが早いと言えばそうだが、なのはは彼のこの性格を「割り切りが良すぎる」。アリサは「合理的」。はやては「損得で考えてそう」と否定的に見ている。

 

「……零人くんってさ。先にやることやって後で暇するタイプだよね」

「…………否定はしない」

「そりゃあやれることとか面倒くさいなって思うことを先にしたら楽だとは思うけどさ。もっといろんなことに時間と余裕持たせないと。零人くんが先に参っちゃうよ?」

「…………」

 

 親のように気遣い、小言をいうなのはの言葉に若干の嫌悪感を感じた零人は目を合わせずに無言を貫く。彼女の言葉はなのは自身が言うよりも重みのある言葉であったようで、それを聞き零人は開けられた窓によりかかり、外を眺める。

 彼の反応は傍からすれば逃げたとも見えるが、ただ単純にその時の反応、表情を見せたくないだけなのではないか、となのはは肯定的にとらえる。

 

「……零人くんさ。面倒なのを先に終わらせるのは良いけど、それは……なんか焦ってる気がするんだ。だから、他の人を頼ることも……ゆっくりすることだって必要だと思うな」

「…………」

 

 ──―そうすることができれば、どれだけよかっただろう。

 その言葉に零人は目を細め、少し拳を強く握りしめた。

 

 

 

「ん……?」

 

 その時だ。零人が外を眺めていると、下の運動場からなにやら叫び声のようなものが聞こえてきたので顔を窓からのぞかせる。

 その様子になのはも耳に入ってきたようで後ろから近づき窓の外へと顔を出した。

 二人が顔を出して校庭を見ると、学校の正門へと向かい全力で走る一人の少年の後ろ姿があり、その彼を必死に追う少女というどちらも二人にとってどこかで見た姿と光景に、思わず揃って

 

「リョウと……」

「フェイトちゃん……」

 

 

 

 

 

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

「え、ちょ……まってよ、リョウぉ!?」

 

 

 

「「……なんで?」」

 

 慌てて学校を後にする二人に零人となのはは目を合わせてつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 次回予告

 

 

 

 なのは「まーた結構日が開いたね」

 

 零人「作者の気分と気力次第だからな基本。その辺諦めろ」

 

 なのは「諦めろって、零人くん他人事な……」

 

 零人「いいだろ。次回予告行くぞ」

 

 

 

 なのは「次回なのはEX Another!」

 

 零人「「母、参上ッ!」をお楽しみに!」

 

 なのは「……って。誰のお母さん?」

 

 零人「そりゃあ……だれだろ」

 


 
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