No.1009810

結城友奈は勇者である~冴えない大学生の話~ 番外編3

ネメシスさん

今日は銀ちゃんの誕生日! ということで、去年投稿した冴えない大学生の話の番外編です。
まぁ、ゆゆゆい時空なので、もう大学生ではないんですけどね(汗

2019-11-10 14:49:55 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:831   閲覧ユーザー数:831

 

番外編~銀ちゃんの誕生日~

 

 

「……ふぅ、こんなもんか」

 

仕事がようやく一段落し、椅子の背にもたれてぐっと伸びをする。

集中して長いことパソコンの画面を見ていたからだろう、目が疲れて少しぼやけて見える。

目頭を解しながら時計を見ると、あと少しで定時になるところだった。

近頃仕事が忙しかったけど、今日は残業なしで帰れそうだ。

 

「おーい、桐生。ちょっといいか?」

 

「あ、はい! ……えっと、どうかしましたか?」

 

そろそろ帰り支度をしようと思っていた矢先、先輩から声がかかった。

先輩は俺が入社した時の教育担当で、まだまだミスも多かったころから色々とフォローしてもらっていた人だ。

あれから1年以上過ぎてミスもあまりしなくなったと思っていたけど、気が緩んで何かやらかしただろうか?

先輩のところに行くと、俺のそんな考えが表情に出ていたのか、先輩は苦笑いを浮かべて軽く手を振って否定する。

 

「別に仕事でミスがあったわけじゃないから、そんな顔するなって。えっとだな、実は今度の土曜日に俺、休日出勤入ってたんだけど。なーんか、実家の方でゴタゴタがあったみたいで、ちょっと戻らないといけなくなったんだよ」

 

「はぁ、それはまた、お疲れ様です」

 

「実際ちょっと遠くてな。ほんとお疲れになる感じだよ、まったく……あー、でさ? ちょっと、俺の受け持ってる仕事が立て込んでてな。悪いんだけど、出来ればその日に代わりに出てくれないか?」

 

「土曜日ですか?」

 

「あぁ。他の人にも声掛けたんだけど、都合悪いことに予定が埋まってるらしいんだわ」

 

先輩の机にある卓上カレンダーを見る。

今度の土曜日というと、4日後の11月10日か。

その日は特に何も用事は入ってなかったはず……というか基本的に土日は家でゴロゴロしてるか、書店に本買いに行ったりするくらいだけど。

 

「……そうですね。その日なら特に用事もないんで、俺は大丈夫ですよ」

 

そんなふうに、まるで普段は色々あるんですよといったニュアンスで答える。

特に意味はないのだけど、暇な奴だと思われるのは少し嫌だという見栄である。

……俺もほんとなら、彼女だったり友達だったりと、充実した休日を過ごしたいものだけど。

 

「そっか。じゃぁ、悪いけど頼めるか? やる仕事に関しては、金曜までには伝えられるようにするから」

 

「はい、了解です」

 

そう表面上は快諾を示す。

本心を言えば、土日は家でぐーたらしたかったから、休日出勤とかあまり了解したくないのだけど。

とはいえ俺はまだまだ入社1年目の新米なわけだし、こういった形で点数稼ぎしておくのも悪くないだろう。

 

 

 

 

 

「……ん? メール……園子ちゃんからか」

 

仕事が終わった帰り道。

今日の夕飯は何にしようかと考えながら歩いていると、園子ちゃんからのメールが来た。

あの時、園子ちゃんとアドレスを交換してからというもの、こんな感じで時々メールのやり取りをしている。

所謂、メル友という奴だ。

特にどうということのない他愛のない内容だけど、園子ちゃんの文章は見ていて微笑ましくなってくるから、密かに楽しみにしていたりする。

中学生とメル友なんて、流石に大っぴらには言えない秘密だけど。

 

「えっと、何々……え? ……銀ちゃんの、誕生日?」

 

本文を見てみると、なんと銀ちゃんの誕生日についての話だった。

銀ちゃんの誕生日の日に、みんなでサプライズをするからその協力をしてほしいという頼み事である。

俺としても、可愛い妹分である銀ちゃんの誕生日なら祝ってあげたいと思う……思うのだけど、その誕生日の日付が問題であった。

 

「……やっちまったなぁ」

 

園子ちゃんのメールに書かれている誕生日の日付は、11月10日の土曜日。

そう、運悪く俺が先輩の代わりに休日出勤をすることになった日である。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「あ、返ってきたよ~」

 

「園ちゃん、お兄さんはなんだって?」

 

「ちょっと待ってね、ゆーゆ。え~と……あ~、その日はお仕事が入ってて無理なんだって~」

 

「あっちゃぁ、そうだったんだぁ。せっかくの誕生日なのに、残念だね」

 

メールを見た園子の言葉に、その言葉通り残念そうな表情を浮かべる友奈。

園子も「そうだね~」と返し、携帯をポケットにしまう。

できれば桐生に、銀へのサプライズに一役買ってもらおうと思っていたのだが、仕事で参加できないのならば無理をいうわけにもいかない。

この世界において銀ともっとも仲の良い異性であり、兄貴分である桐生が参加できないのは少し誤算であり、園子としても素直に残念だった。

 

「あー、もうっ! なんだって土曜日に仕事なんて入れてるのよ! しかもよりによって、銀の誕生日の日に! 

そこは仕事なんて放り投げて、駆けつけるのが兄のあるべき姿じゃないの!? 同じ妹を持つ身として、嘆かわしいわ!」

 

「お姉ちゃん、そんなこと言っちゃだめだよ。桐生さんだって、好きでその日に仕事を入れてたわけじゃないだろうし」

 

「そうですよ、ふーみん先輩。それに本当なら、何をおいても参加したかったと思いますよ? だって桐生さんも、ミノさんの事は本当の妹みたいに大切に思ってるはずですから」

 

「そりゃ、当然でしょうけど……でもなぁ」

 

そのこと自体には何の疑いも持ってない風であった。

自他ともに認めるシスコンの風がムスーっと頬を膨らませて文句を言うのに対し、周りは苦笑いでまぁまぁと落ち着かせる。

元々桐生は仕事をしている大人で、勇者部の面々とは普段から顔を合わせる事も少ない関係だ。

とはいえ風としては同じシスコン仲間(桐生は認めないだろうが)であり、年上でありながらもそうは思えない親しみやすさのある桐生の事は結構気に入っていた。

勇者部は皆仲が良いとはいえ、基本年長者の自分がしっかりしなければという責任感も内心抱えていたりする風にとって、大赦や学校の教師とは違い気兼ねせずに話せる大人の人というのは中々に貴重な存在なのだ。

だからこそ仕方ないとわかっていても、多少は不満も表に出るというもの。

 

「……あれ?」

 

皆が風をなだめる中、再び園子の携帯が振動する。

ポケットから携帯を取出し相手を確認すると、さっきと同じ桐生からのメールがあった。

 

『一応俺の方でもプレゼントは選んでおくけど、流石に誕生日過ぎて渡すのもあれだから、代わりに渡しておいてほしいんだ。金曜日までには決めておくから、夕方に預かってほしいんだけど、いいかな?』

 

「ふむふむ……ん~、でもミノさんだったら、誕生日過ぎても桐生さんから貰えた方が嬉しいと思うけど……まぁ、しょうがないのかな。『了解しました~』っと」

 

返信ボタンを押して、メールが送られたことを確認する。

園子としては翌日とかにでも直接プレゼントを渡してあげて欲しかったが、桐生としても誕生日を過ぎて渡すのは気まずいものがあるかもしれない。

そう思い、桐生の頼みを引き受けることにした。

園子は気持ちを入れ替えて、銀の誕生日に向けて考えをめぐらす。

 

「さてさて、これから忙しくなるよ~!」

 

なにせ今回の誕生日では、銀の“将来の夢”を実現させてあげるつもりなのだから。

今まで他の子達の誕生日でも手を抜いていたつもりはないが、今回に関しては腕によりをかけなくてはならない案件だと、きっと誰もが思っているだろう。

それは銀の“将来の夢”が関係している。

銀の“将来の夢”、それは“お嫁さん”になることだ。

それは銀だけでなく、女の子なら誰もが一度は考えたことはあるだろうありふれた、しかし幸せな気持ちにさせてくれる尊い夢。

だからこそ、みんなが素晴らしい式(誕生日)にしようと、それぞれの持ちうる案を出し合っているのだ。

桐生が来れたら新郎役を任せようと思っていたのだが、残念なことにその目論見は始まる前に終わってしまった。

だから当初、有力候補の一つして挙がっていた、小学生組の園子と須美のダブル新郎役として計画は進めていくことになるだろう。

衣装も会場も、洋式と和式の2段構えである。

桐生が新郎役となった時の銀の驚く顔を見るのを楽しみにしていたのだが、もちろんこれはこれで楽しみな園子であった。

過去のとは言え、自分達がそういう衣装を身に纏っている姿を想像するだけで、胸が高鳴り創作意欲もグングン湧いてくる。

今からでも物語を書き綴りたい衝動に駆られるが、それは後回しと自制する。

計画を立てたり、場所を決めたり、関係各所に連絡を入れたりと、短い時間の中でも準備することは色々あるのだから。

園子はどんな素敵な誕生日になるのかワクワクしながら、話し合いを進めていく皆の輪に加わっていった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

金曜日の夕方。

俺は仕事を終えた後、商店街の玩具屋に来ていた。

目的はもちろん、銀ちゃんの誕生日プレゼント目当てである。

銀ちゃんの誕生日を知ってから今日まで、アクセサリーショップなり雑貨屋なり見て回って来たけど、やはり子供といえば玩具が好きなものだろう。

少し大人びてるところがあるとはいえ、そこはやはり銀ちゃんも小学生なのだから。

……とはいえ。

 

「……どれをプレゼントすれば喜ぶかねぇ」

 

ここでもやはりピンとくるものが無く、頭を捻らせる。

あれから毎日仕事が終わった後、あちこち見て回ってはいるのだけど、どうにもピンとくるものが無い。

いや、銀ちゃんだったら好きそうだなぁと思える物は、これまでいくつか見つけてはいるのだ。

しかしせっかくプレゼントするのだし、中途半端なものを選びたくないという俺の我儘に加え、誕生日当日に参加してやれないという罪悪感もあって、なかなか決めることが出来ずに今日までプレゼント探しは続いていた。

そして現在進行形で、プレゼント探しは難航しているところである。

 

「……やばいなぁ。約束の時間まで、もうあんまりないぞ」

 

携帯を見て園子ちゃんとの待ち合わせの時間が、刻一刻と近づいていることに焦りが生まれてくる。

約束の時間は夕方6時。

その時間なら学校や明日の準備も一段落ついているからと、園子ちゃんの家の近くにある駅前の公園で待ち合わせをしているのだ。

俺とは違い、皆の準備は順調のようで何よりだ。

 

「……あれ? これは」

 

何かないものかと店内をふらついていると、ふと目に付いたものがあった。

それは客が勝手に触らないようにショーケースの中に入っている、一つのアクセサリーのようなもの。

 

「これ、鋼錬の“エドの銀時計”か」

 

それは俺のよく読む漫画の一つ、“鋼の錬金術師”に出てくる品だった。

そう言えばと、少し前に銀ちゃんとウィンドウショッピングをしてる時、銀ちゃんが食い入るようにこれを見ていたのを思い出す。

俺と同じように銀ちゃんも鋼錬は好きなようで、よく物語について語り合ったりもしている。

 

「値段は……うげっ、2万近くもするのか!?」

 

値札を見て愕然とする。

こういうグッズは多少値が張るものというのは分かるけど、2万もあれば新作ゲームが2つくらい買えるだろう。

個人的にこういうグッズは一度買い出すと、値段的にも置くスペース的にも厳しくなるため、気に入ったものでもゲームや漫画、円盤くらいしか買わないのが俺の主義である。

そのため普段なら多少気になっても、見るだけに留めるのだけど……。

 

「……銀ちゃんの誕生日だしなぁ、奮発してみるか」

 

折角の可愛い妹分の誕生日だ。

自分の主義ではなく銀ちゃんの好みを考えて、ここは財布の紐を緩める時だろう。

それに改めて考えてみると、明日行われる誕生会の内容的にも、銀時計が送り物というのはちょっと洒落ていて悪くない気もする。

時間も迫ってるしこれ以上の物も見つけられないだろうと思った俺は、店員を呼んでショーケースの中から銀時計を取り出してもらう。

 

「あ、これ一応、誕生日のプレゼントなんで。ラッピングとかお願いできますか?」

 

「はい、ラッピングも承っております。お誕生日のプレゼントでしたら、メッセージカードなどもお入れしますか?」

 

「あー、メッセージカードなぁ……」

 

明日行けないのだし、せめて何かメッセージくらい付けて送るのもいいかもしれない。

しかしそれならそれで、何と書けばいいだろうか。

堅苦しい定型文ならいくつか思いつくが、そこはせっかくの誕生日。

ちょっとくらい奇を衒ったものにしてみたいと思うも、咄嗟だと中々に良さ気なものが浮かんでこない。

どうしたものかと考えていると、視界の端に“剥がれ易いシール”が売られているのを見つけた。

 

「……よし!」

 

少し考えて書く内容を決め、店員さんにボールペンを貸してもらって書き込む。

文面を見た店員の営業スマイルが、ちょっと引きつっていた気がするけど……うん、俺は気にしない!

 

 

 

 

 

「お待たせ、園子ちゃん」

 

待ち合わせをしていた駅前の広場に到着する。

約束の10分前に到着したらとっくに園子ちゃんは来ていて、ベンチで小説を読んでいた。

園子ちゃんが俺に気付くと、小説をバッグに仕舞っていつも通りの柔らかい笑顔を浮かべてくる。

 

「いえいえ~、そんなに待ってませんから~……あ、ここは“私も今来たところだよ”って言った方がよかったですか~?」

 

「んー、それは恋人に言われたい定番のセリフだな。まぁ、恋人同士じゃなくても使うけど。というか、どちらかといえば男のセリフな気がするな、それは」

 

待ち合わせは男が先に来ているもの、というのが世間の常識らしいし。

俺も女の子と待ち合わせをした経験なんてそんなにないけど、銀ちゃんと待ち合わせした時は基本的に俺が先に来ていたし。

……銀ちゃん相手だと、お世辞にも“今来たところ”なんて言えないくらいに待たされることもあったわけだが。

 

「ふふふ、女の子だって言いたいセリフですよ~? はやる気持ちを押さえられず、待ち合わせ時間の1時間も前に来てたなんて、恋愛小説にはありそうじゃないですか~」

 

「正直、リアルでは1時間前とか流石に……もしかして園子ちゃん、本当に1時間前に来てたり?」

 

「え? 私が来たのは15分くらい前でしたけど……あ、もしかして桐生さん……期待しました~?」

 

「してません。そんなに待たせてたら、悪いなって思っただけだよ」

 

「そっか~、残念~」

 

だから俺はロリコンじゃないというのに。

全然残念そうに見えないニコニコ笑顔の園子ちゃんは、絶対俺をからかって楽しんでるのだろうな。

中学生のくせに、中々に小悪魔的な女の子だ。

 

「っと、あまり話し込んで遅くなるのもあれだしな……じゃぁ、これ、よろしく頼むよ」

 

俺は手に持った袋から銀ちゃんへのプレゼント取り出し、園子ちゃんに渡した。

 

「はい、しっかりミノさんに渡しておきますね~」

 

受け取った園子ちゃんは、ジッと受け取ったプレゼントを見つめる。

 

「ちなみに、何をプレゼントするんですか~?」

 

「それは……んー、まぁ、秘密ってことにしておくかな」

 

「え~、秘密ですか~?」

 

「はは、そんな隠すような物でもないんだけどな。当日、銀ちゃんにプレゼント渡した時にでも、一緒に見ればいいよ」

 

流石に誕生日に結婚式をプレゼントする彼女達には負けるけど、俺なりのささやかなサプライズというやつだ。

 

「むむむ~、そう言われると気になりますけど……でも確かに、私一人だけサプライズのネタを知ってるのもズルいかもですね~」

 

探るように上目使いで見ていた園子ちゃんは、取り敢えず納得した様子でさっきの小説と同じようにバックの中にプレゼントを仕舞う。

 

「……ところで、明日はやっぱり来れないんですか?」

 

「あ~、うん。流石に午前中で終わる量でもなかったし。普通に夕方までかかりそうだから……ごめんな?」

 

「……いえ~」

 

そう残念そうにする園子ちゃんに、俺は気まずくなり明後日の方を向いて頭を掻く。

あれから園子ちゃんからは、何度かなんとか参加できないかといった感じのメールはもらっている。

まぁ、何度も聞いてくる理由も分からなくはないし、俺だって本当だったら出席したいのだ。

元の世界にいた時は出会って間もなく、銀ちゃんの誕生日を祝ったりしてあげられなかったからな、俺は。

というかそもそも誕生日すら知らなかったくらいだし。

おまけに初めて出会った年の誕生日が来る前に、銀ちゃんはお役目でこの世を去っている。

まだ小学生という年端もいかず、将来の夢だってやりたいことだって全然できていないだろう歳でだ。

だからこそ今回の誕生日では、銀ちゃんの将来の夢を叶えて上げたいと、園子ちゃん達は頑張って計画している。

 

(そこに兄貴分の俺にも同席してほしいっていうのも、わからなくはないんだけど……仕事が重なっちまったからなぁ)

 

今日帰り際に先輩に申し送りされた内容を見るに、聞かされていた通りそこそこ量が多かった。

とはいえ明日は休日出勤だし、ある程度まで進めて用事があるからと帰ることも出来るには出来る。

しかしあの仕事量が、先輩が俺に出来る範囲を考えて割り振ってくれただろうことを考えると、一度引き受けた身である程度で帰るのは、それはそれで申し訳ない……いや、俺が小心者なだけかもしれないけど。

仕事と銀ちゃん、どちらが大切かなんてわかりきっていることだけど、それでも先約を反故にして銀ちゃんの所に行ったのが知られたら、それはそれで銀ちゃんに怒られてしまいそうだし。

まぁ、それでも喜んではくれるだろうけど。

俺もぜひ銀ちゃんの誕生日を祝ってあげたかったけど、今回は銀ちゃんの誕生日を知らずに、先に引き受けてしまった仕事の方を優先するともう決めている。

その埋め合わせは、また別の時にするとしよう。

 

「まあ、行けない俺の分も含めて、皆で銀ちゃんを祝ってあげてくれ」

 

「はい、任せてください。明日は、桐生さんが来れなかったのが残念に思うくらい、思いっ切り盛大なお誕生会にしますからね~!」

 

グッとサムズアップをする園子ちゃんを見て、この意気なら明日は大丈夫だろうと確信する。

そもそも俺が行かなくても、銀ちゃんを祝ってくれる人は多くいる。

俺が何を言うまでもなく、銀ちゃんが楽しめる誕生会になることは確実だろう。

 

 

 

……プレゼントを受け取った銀ちゃんが、どういう反応をするのか直接見れないのが残念だけど。

まぁ、きっと後で何らかの反応はあるはずだし、後の楽しみとしてとっておくとしよう。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

誕生日の当日。

銀は浜辺で撮影会をするという訳の分からない理由で朝から連れ出され、言われるがままに結婚式場に連れてこられていた。

「何故にあたしはこんなところに?」という疑問を抱きながら、中学生組の園子と東郷にあれよあれよと着せ替えさせられていった。

そして。

 

「……え? ……こ、これって、どういうこと?」

 

純白のウェディングドレスを身に纏った銀は、目を白黒させながら皆の待つ場所へ案内される。

にこやかに見つめてくる面々に、意味が分からないというように大いにキョドる。

 

「お誕生日おめでとう、銀」

 

「そして、ハッピーウェディング~!」

 

「銀ちゃんの夢がお嫁さんだって聞いて、皆で準備してたんだよ!」

 

ここまで連れてきた園子と東郷の言葉を皮切りに、皆が銀に祝いの言葉を投げかける。

 

「こ、こんなこと、あたしのために? ……ど、どうしよう……ま、マジ!?」

 

以前、自分の夢はお嫁さんになることだと、須美と園子には話したことはある。

白無垢か、ウェディングドレスか、それはどちらでも構わないけれど、出来れば大切な友達に見守られながら素敵な結婚式をしたいと夢見ていた。

とは言えそれはまだまだ先の、遠い未来の事。

そう思っていたのだけど、それがまさか誕生日という形で叶えてもらえるとは思いもしなかった。

銀は嬉しさのあまり、涙が浮かんできそうになるのを精一杯我慢した。

あっさりとしたものではあるが、化粧までしてくれたのにそれを汚したくはなかったのだ。

 

「結婚おめでとう! そぉっれ~!」

 

ライスシャワーが空中に舞いあがる。

下には真っ赤な絨毯が敷かれたウェディングロード。

新郎役らしい小学生組の園子に手を取られながらその上を歩く銀は、まるで夢でも見てるのではないかと思えるほどに、幸せな気持ちでいっぱいであった。

 

(……兄ちゃんがいないのが、少し残念だなぁ)

 

銀が本当の兄のように慕っている桐生は、今日は仕事の都合で来ることが出来ないと聞いた。

こんな幸せな気持ちにしてくれた皆には申し訳ないけど、折角の誕生日に桐生がいないことが少しだけ残念に感じていた。

とは言え銀としても、働いている人が忙しいというのは自分の両親を見て知っている。

平日でも夜遅くに帰ってくることもあれば、休日にも仕事で家を空けることは何度もあったから。

そのため昔ならいざ知らず、今は立派に働いている桐生も忙しいということはわかっているため、誕生日だからといって我儘ばかり言ってはいけないと、銀は残念な気持ちを内に押し込める。

そんな中で、中学生組の園子がニコニコしながら銀に近づいてくる。

 

「さてさて~、本当ならここで指輪の交換もしてもらいたいところだけど、流石に本物は用意出来なかったんだ~。その代わりに~……ここで桐生さんからの、プレゼントを渡しちゃうんよ~!」

 

「え? に、兄ちゃんから!?」

 

そう言って園子は銀に、ラッピングされた小さい箱のようなものを手渡す。

 

「これが、兄ちゃんからの……」

 

受け取ったプレゼントを、壊れ物のように大切に両手に納める。

さっきまで残念な気持ちで少し悲しくなっていたのに、忙しいながらもプレゼントを用意してくれたことがうれしくて、頬が緩んでしまいそうになる。

しかしそれを周りに見られるのは何だか気恥ずかしく、銀は必死に平静を装おうとする。

それが出来てるかどうかは、周りの微笑まし気な表情を見れば一目瞭然だが。

 

「ほらほら、ミノさん。せっかくだし、ここで開けちゃいなよ~」

 

「う、うん!」

 

そう力強く頷いた銀は、丁寧にラッピングを解いていく。

グローブのせいで解くのに手間取ったけど、少しの時間をかけて何とか解くことが出来た。

出てきたのは、まるで本当に結婚指輪が入ってるのではないかと思えるような、そういう雰囲気のある濃い藍色の箱だった。

その箱の蓋には、銀色で何かの動物の様な紋様が描かれている。

 

(あれ、これって……?)

 

その紋様にどことなく見覚えを感じていた銀だが、まずは中を見てみようと蓋を開けた。

預かっただけで中身を知らない園子も、皆と一緒に興味津々といった表情で覗き込む。

 

「……っ」

 

それを見た時、銀は息をのんだ。

中に入っていたのは、チェーンのついた銀色のアクセサリーのようなものだった。

 

「へぇ、これって懐中時計?」

 

覗き込んでいた一人、秋原雪花が感心した口振りでつぶやく。

 

「男の人ってこういうのに疎いと思ってたけど、桐生さんも結構やるわねぇ。銀ちゃんの名前に因んでるのかしら、銀色なのがまたいいチョイスよ。

結婚式の贈り物と考えても、中々悪くないんじゃないかしら。それにこの蓋に描かれてるのは……獅子?」

 

勇者達の中でもおしゃれに敏感な雪花は、銀に贈られた懐中時計に寸評を入れていく。

他のメンバーも感心したような、そして少しだけ羨ましそうな声を洩らしながら見ている。

将来、自分の結婚式でこういう贈り物をされたらと想像しているのかもしれない。

しかし銀は皆とは違い、目を見開いたまま手に持った懐中時計を見ていた。

そして少し震えながら口を開く。

 

「……これは、竜だよ」

 

「竜?」

 

「エドが言ってた、これは竜だって。雄と雌が交わった、竜の紋様!」

 

「エド、さん? ……え、誰?」

 

「み、ミノさん?」

 

「これは、これは只の懐中時計じゃない!」

 

突然熱く語り出した銀に、新郎役として寄り添うように立っていた園子が困惑する。

それに気付かず銀は続ける。

 

「“エドの銀時計”だ!」

 

「……だから、エドって誰よ!?」

 

何を言っているのかわからずに声を上げる風に、声こそ上げなかったが周りも同じように何が何だかわからず首を傾げている。

だけど、わかる人にはわかるもので、「なるほど」という声も聞こえてくる。

 

「あぁ、なるほど。どこかで見覚えがあると思えば」

 

「ぐんちゃんは、これが何か知ってるの?」

 

「漫画でね、“鋼の錬金術師”っていう作品があるのだけど。それに出てくる主人公、エドが持っている銀時計の事よ」

 

エドが持っている銀時計だからエドの銀時計、そのまんまである。

基本、ゲームが趣味な郡千景ではあるが、漫画にもそれなりに明るい。

特に鋼の錬金術師は、アニメやゲームにもなっているくらい人気のある作品だ。

少年誌に載っている作品ではあるのだが、女性の読者も一定数はいる。

千景の場合はそこまで熱心に読んでいたわけではないのだが、以前ネットで鋼の錬金術師のゲームが実況されているところを見たことがあり、原作に興味を持って漫画喫茶で少しだけ読んだことがあった。

 

「確かこの銀時計、駅前の玩具屋に売られてるのを見た覚えがあるわ」

 

「あ、玩具なんだ? 本物かと思ったよ」

 

「えぇ、玩具よ……2万円くらいだったかしら?」

 

「……え?」

 

玩具に2万円、それを聞いて周りの表情が固まった。

もちろんそれくらいする玩具だってあるだろうけど、まさかこんな小さい時計の玩具でそこまで高いとは思わなかったという驚き。

 

「ちゃんと時計としても使えるから、一概に玩具とも言いにくいのだけど。それに確かこれ、限定品だったはずだし。こういうのは、結構高くなるものよ?」

 

「そ、そうなんだ」

 

その高い値段から子供のお小遣いでは中々手が出せず、悔しさで歯ぎしりをした者もいるだろう。

銀もその一人であった。

鋼の錬金術師は銀も好きな作品であり、この銀時計も欲しいと思ってはいたのだ。

そんなある日、桐生と一緒にウィンドウショッピングを楽しんでいた時に、たまたま玩具屋でこの銀時計を見つけてしまった。

この世界に来てから大赦から多少の生活費を貰っているけど、無駄遣いできるほどに潤沢にあるわけではない。

だからいつか、もっとお金がある時に必ず買ってやろうと、その時は泣く泣く諦めたのだ。

それを桐生に見られていたのだろう。

少し恥ずかしくはあるけど、それ以上に銀は嬉しく思っていた。

 

「に、2万かぁ。桐生さん、中々やるわね……ねぇ、樹? 何か欲しい物でもない? 来月の樹の誕生日、お姉ちゃんが何でも好きなもの買ってあげるわよ?」

 

「お姉ちゃん、そんな張り合わなくていいよぉ。それに私、お姉ちゃんから貰える物だったら、何でも嬉しいよ?」

 

「そ、そう?」

 

「うん。お金の値段なんて重要じゃない。一番大切なのは、そこに込められた気持ちだから。お姉ちゃんの“おめでとう”っていう気持ち、いつだってちゃんと感じてるよ」

 

そう柔らかく微笑む樹に、風は一瞬目を見開かせて俯く。

そして小さくフルフルと体を振るわせる風に、樹は一体どうしたのかと心配そうに覗き込む。

……が、心配するだけ無駄であった。

 

「……い……い……樹ぃぃぃぃぃぃいいい!!!」

 

「わぷっ! お、お姉ちゃん!? ちょ、ちょっと、苦しいよぉ……」

 

「うちの! 妹は! 世界一やぁあああ!!!」

 

感極まって樹を抱きしめ、雄叫びを上げなら男泣きを始めた。

そんなやり取りをしている姉妹は置いておいて、千景は説明を続ける。

 

「そして、エドの銀時計にはもう一つ特徴があるわ。それはその蓋の内側に書かれている文字」

 

―――Don't forget 3.OCT.11

 

それはエドとアルが国家錬金術師になるにあたり、不退転の決意を込めてこれまで過ごしてきた思い出のある家を焼き払った日を記したもの。

どれだけ時間が過ぎようとも、その日の自分たちの想いを決して忘れないように、銀時計に刻んだのだ。

 

「……」

 

銀はごくりと生唾を飲み込み、ゆっくりと蓋を開く。

そしてその蓋の裏側には、あの文字が……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――約束の時間を忘れるな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……な、なんでだぁぁぁあああ!?」

 

銀の怒声が式場に響いた。

 

「そこは“Don't forget 3.OCT.11”でいいじゃん!? 忘れるなって意味では合ってるのかな? とか、ちょっと上手いなぁって思っちゃったあたしはバカみたいじゃん!」

 

「え? ……あ、これシールになってるみたい。多分、裏側にその文字はあるんじゃないかしら?」

 

覗き込んでいた千景が蓋の裏側を指さす。

剥がれ易い物のようで、爪を入れれば何の抵抗もなく剥がれるくらいの粘着力のようだ。

 

「それでもですよ!? なんで誕生日に態々こんな……あぁ、そうですね! いつもあたしが遅刻ばっかりするからですよね!? ごめんね兄ちゃん! でもさ、約束を忘れたことなんてこれまで一度だって……って、マイブラザーと映画に行く約束、忘れてたじゃんあたし!? ごめんねマイブラザー! でも、ちゃんと間に合ったんだから許してよ!」

 

桐生への文句を言いつつ自分の行いを振り返り、こう言われるのも仕方ないということはわからないでもないけど、せめてこういう事は誕生日とは別の日にしてほしいと思う銀であった。

「というか今日は折角の誕生日だぞ!?」「メッセージを入れるにしてももう少し何とかならなかったの!?」などと、怒りのボルテージを上昇させながらハイテンションになっていく銀に、周りは苦笑い。

 

「う~ん、ミノさんがいつも以上に可笑しなテンションになってるんよ~」

 

「そのっちも、そういうこと時々あるけどね。それで、どうする? 銀。簡単に剥がせるみたいだし、剥がしておく? 桐生さんも、冗談で張っただけでしょうし」

 

「……ううん、このままでいいや」

 

東郷がシールを剥がそうとするのを、ムスッとした表情で断る。

怒っているというより、少し不貞腐れているように見えた。

 

「これも含めて兄ちゃんからのプレゼントだしー? まー、あたし自身への戒めとして貼っておきますよーだ……だけど兄ちゃん、覚えてろよぉ。やられたらやり返す、倍返しだ!」

 

「そ、そう」

 

血は繋がってないはずなのに、なんだかんだで似た者兄妹だなぁと、復讐に燃える銀を見ながら皆はそう思った。

 

 

 

その後。

気持ちを入れ替える意味もかねて、銀のお色直しをした後に場所を神社へと移す。

和風の婚礼衣装に身を包んだ鷲尾須美や他の皆と一緒に写真を撮って、本日2度目の銀の結婚式は終了した。

その頃には大分落ち着いたらしく、銀の不機嫌そうな表情も和らいで嬉しそうに笑っていた。

ちょっとしたハプニングはあったけど、これで無事に誕生会を終えることが出来る。

そう誰もが安堵していた……その時までは。

 

「そんな、嘘でしょ!?」

 

「おのれKYバーテックスめぇええ。タマの可愛い妹分の結婚式を何だと思ってる!」

 

スマホから樹海化警報が鳴り響く。

そう、バーテックスがやってきたのだ。よりにもよって今日、このタイミングで。

 

「……」

 

うるさく鳴り響く警報の中、銀は静かに俯いていた。

近くにいた園子には、銀がその小さな手をぎゅっと握りしめ、わずかに体を震わせているのが見えていた。

それはまるで、何かを堪えているかのような……いや、堪えているというのは少し違う。

ただ何かを堪えているだけなら、園子もここまでヒヤヒヤしなかっただろう。

園子には今の銀が、まるで噴火直前の火山のように見えていた。

これがただの自分の行き過ぎた想像だったらいいのに、そう思いながら銀の腕に手を添えて宥める。

 

「えっと~、ミノさん? お、落ち着いて? ね?」

 

「……あぁ、大丈夫ですよ園子さん。あたし、ちゃんと落ち着いてますから」

 

「そ、そう? それなら、よかっ……ぁ」

 

そう言い、ゆっくりと顔を上げる銀の表情を見て言葉が詰まる。

 

「……あぁ、そっか……ミノさんは、もう……」

 

樹海化した世界の中、勇者服に身を包み飛び出していった銀の後ろ姿を見ながら、自分の想像は間違ってなかったのだと園子は悟った。

噴火直前ではなく、すでに噴火した後ではあったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 ぶ っ と ば す !」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

せっかくの誕生会なのに桐生からは悪戯を受け、最後の最後でバーテックスに邪魔をされた。

どちらの割合いが大きかったのかはわからないが、これには流石に銀の怒りメーターが吹っ切れてしまったのだろう。

今日は誕生日だから、お嫁さんだから、小学生組の園子や須美は今回は待っているように言おうとした……言おうとした時には、もう銀が駆けだした後だったけれど。

止める暇なんて、微塵もなかった。

雄叫びを上げながら、自分の中にある不満をぶつけるように、そして少しだけ桐生への文句も混じったりしながら、猛スピードでバーテックスに向かっていく銀を止められるものは、ここには誰もいなかった。

そんな銀の活躍もあって、バーテックス戦は呆気なく終了する。

いつもよりみんなの疲労が少ないのは、間違いなく銀の奮闘のおかげだろう。

 

「うがあああああ! ぜんっぜん、暴れたりない! なんか今日の敵、いつもより弱いんじゃないの!? もっと頑張れよ、手ぇ抜いてんじゃないよバーテックス!」

 

しかし、さんざん暴れて戻ってきた銀は、まだイライラが収まらない様子だった。

自分の奮闘の賜物とは微塵も思わず、相手が手を抜いて来ているのではないかと文句を言う始末。

今の銀にとって今回の襲撃は、自分の誕生日を台無しにするのが目的ではないかとすら思えた。

だから行く前よりも、若干割り増し気味に不機嫌になっているように皆には見えていた。

とはいえ、銀がこうなるきっかけを作ったのは、まぎれもなく桐生の悪戯だ。

桐生がもう少し気を利かせてプレゼントをしてくれていれば、銀もここまで不機嫌になることもなかっただろう。

だから園子は、自分にプレゼントを託した桐生が少しだけ恨めしかった。

 

(も~、折角感動のバースデーパーティーになるはずだったのに~! せめてもう少し気の利いたメッセージを送ってあげてよ~! 桐生さんのバカ~!)

 

地団太を踏む銀を見て、今度会った時に少しくらい愚痴に付き合ってもらおうと決める園子であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ、つっかれたぁ」

 

休日出勤を終えて、いつもの定時業務の時と同じ時間帯にようやく帰宅。

しかし定時の時間帯とはいえ、やはり出来る事なら休日は休みたいものだ。

まぁ、忙しい時は仕方ないと割り切ってはいるけど。

 

「ん? あ、園子ちゃんからか」

 

スーツを脱いで一息付こうとしている時、携帯が振るえる。

見てみると、園子ちゃんから今日の誕生日が無事終わったことの報告があった。

添付に2枚の写真付きで。

 

「……へぇ、似合ってるじゃん」

 

それは今日の誕生日で撮った写真だった。

2通りの婚礼衣装を身に包んだ銀ちゃんと、それに合わせて新郎役になった小学生組の園子ちゃん、須美ちゃん、そしてその他皆が一緒に集まって撮られている。

そして2通りの婚礼衣装に身を包んだ銀ちゃんの手には、その名前と同じように銀色の懐中時計が握られていた。

少し値は張ったが所詮は玩具、本格的な衣装には不釣り合いかもしれないと思ったけど、純白のウェディングドレスにも白無垢にも中々あっているように見える。

自分のチョイスも悪くないものだと自画自賛しながらも、写真に写る銀ちゃんの表情を見て少し吹き出してしまう。

写真に写る銀ちゃんは、少しだけムスッとした表情をしていた。

 

「ははっ……俺が送ったメッセージ、ちゃんと見てくれたみたいだな。サプライズ大成功!」

 

とは言え、やはりその時の様子を直接見れなかったのが残念でならない。

次の機会があれば、その時こそ直接プレゼントを渡して反応を見たいものだ。

 

 

 

 

 

翌日、早朝から園子ちゃんに話がしたいと、いつもの駅前の公園に呼び出しを受けた。

どんな話かと思えば、誕生会の事についての愚痴であった。

なんでも銀ちゃんが不貞腐れて、宥めるのに大変だったとか。

俺としてはちょっとした悪戯のつもりだったのだが、思ったよりも周りに被害がいってしまったらしい。

それを聞いた俺は、流石に悪いと思い素直に頭を下げた。

……いつも柔らかい笑みを浮かべる園子ちゃんが、ジトっと恨みがまし気に睨んでくるのが結構心にくるものがあって、思わず頭を下げていたが正しいかもしれない。

すると、園子ちゃんは少しあきれたようにため息をついた後、条件付きで許してくれた。

いったいどんな条件を出されるのかと戦々恐々していたのだが、なんと銀ちゃんの機嫌を直すために、銀ちゃんとどこかにお出かけするというものだった。

埋め合わせは今度しようとは思っていたから、そのくらい特に問題はないのだけど。

そんなのが罰とも言えないものが条件というのだから、やっぱり園子ちゃんは優しい子だな。

……だけど普段怒らない人が怒った時は滅茶苦茶怖いというし、普段怒るところなんて想像できない園子ちゃんが怒ったら、いったいどれくらい怖いのだろうか。

できるだけ、園子ちゃんのことは怒らせないように気を付けようと心に決めた。

 

その午後のこと。

早速俺は、園子ちゃんとの約束を果たす&銀ちゃんへの埋め合わせをすることにした。

もともと埋め合わせの内容に関しては事前に考えていたから、今回は全然時間をかけずに済んだ。

俺が考えたのは、スイーツバイキングに連れて行くというもの。

やはり女の子は甘いものが好きだし、銀ちゃんもその例には漏れない。

それに丁度その店には、銀ちゃんが好きな醤油豆ジェラードが置いてあるのを、以前来た時に見つけて今度誘おうと思っていたのだ。

これなら銀ちゃんも喜んでくれるだろう。

……そう思っていたら、昨日の今日だったからか、会った時に不機嫌そうにしていたのには少し焦ったけど。

さっぱりとした性格で、いつまでも根に持つような子ではないのだけど、まさかここまで引きずっているとは思わなかった。

あんなのはいつも銀ちゃんとするような、他愛ないやり取りのつもりだったのだけど……。

いつものこととはいえ、銀ちゃんも誕生日に悪戯されるのは嫌だったのだろうか。

スイーツを食べている途中に機嫌は戻っていたけど、今回ばかりは少し反省した方がいいかもしれない。

正面に座り、醤油豆ジェラートをおいしそうに頬張る銀ちゃんを見ながらそう思った。

 

(……ふっふっふ。兄ちゃん、スイーツを奢ってくれたのはうれしいけど、それはそれ、これはこれだよ。これで許したと思ったら大間違いだ! 兄ちゃんの誕生日、楽しみにしといてよね!)

 

銀ちゃんが内心、そんなことを考えているとはつゆ知らずに。

 

 

 

―Fin―

 

 

 

(あとがき)

この作品、本当は去年の銀ちゃんの誕生日の日に上げようと思っていたんですけどね(汗

書き始めたのが当日近くで、中々まとまらないと頭を悩ませていたらいつの間にか誕生日が過ぎて今年の誕生日に合わせた感じです。

なお銀ちゃんの誕生日話をもとに書いているので、この誕生日の話には国土亜耶ちゃんは出てきていません。

 

今回鋼錬をちょっと出したわけですけど、プレゼント何にするかなーと考えている時に丁度鋼錬を見ていたので出しました。

銀ちゃんに送るプレゼント→鋼錬視聴→銀時計を見て→結婚式に銀時計って悪くなくなーい? と、こんな思考回路でした。

そういえばリアルでもエドの銀時計ってあるじゃん! と思って調べてみたら、アマゾンでも値段が色々でビックリ。

私も欲しいなぁと思いましたけど、時間なんてスマホで見れるし、値段高いしで断念しました。

正直、すぐ壊しそうでなんだか怖かったですし……。

 

さて本編でも事故にあって妹分の葬儀に出席出来なかった、なんとも間の悪いうちの主人公の桐生です。

今回は大切な妹分の誕生日という日に、間の悪いことに仕事の先約を入れてしまい、迷った末仕事優先にしてしまいました。

多分、よくある物語の主人公なら、妹分の危機的なあれこれには何を差し置いても真っ先に駆けつけるのでしょうね。

本編なら葬儀の前には目が覚めて最期の別れを言えたり、誕生日には仕事があっても妹分を優先したり。

きっと読んでいた方の中にも、どうしてそこで大切な妹分を優先しないんだ? と疑問に思った方はいるかもしれませんね。

私も描いていて、仕事キャンセルして誕生日に駆けつけさせようか? 誕生日の途中に登場して自分でプレゼント渡させようか? と考えたりはしていました。

 

……言い訳っぽく聞こえるかもしれませんが、桐生はそんなよくある物語の主人公ではないということ、これが今回の展開になった理由になります。

うちの主人公を張ってはいますが、それでもどこにでもいる普通の“冴えない大学生”であり、現在少し時が流れても何処にでもいる普通の“冴えない社会人”でしかありません。

世界の危機が迫っていてもそれを解決できる力もなければ、冴えわたる頭脳もなく、心に強い信念があるわけでもない。

まぁ、それでも交通事故で死ななかったり、安芸先輩や三好(いわゆるエリートといわれる人たち)と一緒の部活をしていた点で言えば、普通の人と比べれば悪運や運動神経といったものはいいのかなとは思いますが。

ですが基本的に、物語の主人公達が活躍する中でそれを遠巻きに見てるしかない、もしくは世界に危機が迫っているなんて気付きもしないような、ちょっとメインキャラに近いだけの“モブその1”程度の立ち位置でしかありません。

これがテレビや漫画だったら顔も出ないか、小さいコマでちょっと出てくるか、「そう言えば知り合いのお兄さんがこんなこと言ってたんだ~」的な、ちょっと話題に上がる程度でしょうか。

 

妹分の銀ちゃんを可愛がっているし、祝い事があるなら駆けつけて祝ってあげたい、そういう想いはもちろん桐生にだってあります。

それでも日本人の性質というか、「先に約束をしたらそちらを優先しなければ、それが仕事ならなおの事」みたいな意識が働きました。

別に仕事人間というわけではありませんが、それでも先約があるのにそれを放りなげるのには抵抗を感じてしまったのです。

もちろん銀ちゃんの誕生日を事前に知っていれば、休日出勤は断っていたでしょう。

残念ながら銀ちゃんが生きてる時に誕生日を聞くタイミングはなく、ゆゆゆい時空でも仕事の関係で中々一緒に遊ぶ時間も取れず聞けず仕舞い(という設定)でしたが。

今回は先に約束してしまったことと、自分がいかなくても沢山の友達が祝ってくれることから、仕事の方に心の天秤が傾いてしまった形です。

 

……きっと私も同じで、仕事の方を優先しちゃんだろうなぁ、と思います。

我ながら結構そういう周りの目というか、顔色を伺う性質な気がしますし。

皆さんは、ぜひ大切な人を優先してあげてください。

それが家族でも、友達でも、それこそ恋人でも。

銀ちゃんではないですが、いつその大切な人が遠くに行ってしまうのかなんて分かりませんから。

 

……ほんと、なんであとがきでこんな長くなるんだろう(汗)

 

 


 
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