No.100976

真・恋姫†無双 董卓軍 最終話

てんさん

BaseSon「真・恋姫†無双」の二次創作。
一部オリジナル設定あり。

この物語はここでお終いです。久々に充実したSSを書かせて頂きました。
ほぼ一週間という短い期間でしたがお付き合いありがとうございました。

続きを表示

2009-10-14 19:48:53 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:10263   閲覧ユーザー数:7852

 劉備が帝となりすでに三年。

 曹操は激務に追われ、忙しい日々を過ごしていた。だがたった一日、昨日だけは全ての仕事を休み、ただ一人執務室で過ごしていた。

 昨夜、執務室に大音響が轟いた。慌てて駆けつけた衛兵が見た物は、拳の形に大きくヘコんだ壁だった。

 そして今日、曹操の周りには昨日の分も含め、様々な仕事が山と詰まれている。これでもこの大陸に集まる仕事は分散されている。曹操を筆頭に、諸葛亮、鳳統、荀彧、郭嘉、程昱、周瑜、陸遜、呂蒙といった文官にそれぞれ振り分けられているのだ。それでも、曹操の元には山のように仕事がまわってくる。それはこの大陸にはまだまだやらなければならない事があるのだという事を示している。

 それを入り口から見つめる姿がある。以前に曹操の供をしていた秋蘭と呼ばれた将。

 そしてそこにもう一人、長い黒髪を後ろに流した髪形をした女が近づいてくる。こちらも将なのだろう。帯剣している。

「なぁ、今日の華琳さまは妙にイライラしていると思わないか?」

「ああ、姉者か。そうだな……」

 秋蘭と呼ばれていた女が答える。姉者、ということは姉妹なのだろう。

「昨日は妙にそわそわしていたと思ったが……一体何があったのだ」

「姉者にもわからんか……私にもさっぱりわからなくてな。それで姉者は何の用があってここに来たのだ?」

「おお、そうだ。華琳さまに報告する事があったのだ」

「ほう、ならその時にそっと聞いてみてはどうだ」

「おお、それは妙案だな」

 二人は曹操の前へと足を進めると、両腕で和を作るように前で合わし頭を垂れる。

 そして一呼吸。曹操が顔を向けるのを待つ。

「華琳さまっ、何をそんなにイライラしているのですかっ」

 ガツンと横から拳骨が飛んでくる。それは黒髪の女の後頭部を正確に捉え大きなたんこぶを作る。

「そっと聞けといっただろう、姉者」

「痛い痛い。痛いぞ、秋蘭」

 追い討ちのように、秋蘭と呼ばれた女はグリグリと拳をひねる。

「申し訳ございません、華琳さま。姉者はなにやらご報告があるようです」

 先ほどよりも一層深く頭を下げる。

 黒髪の女も、後頭部をさすりながら同様に頭を下げている。

「報告? また袁紹が諸国漫遊に出るから金を出してくれとかいう内容じゃないでしょうね……」

 それは冗談では無いのだ。以前に一度、同様の申請が出された事がある。途中で誰かが止めれば良かったのだが、運が悪い事に曹操の手元までその書類が届いてしまった。その時の曹操の荒れようと言ったら語りようがない。

「いえ、流石にそれはないかと……ほらっ、姉者」

「あ、はい。華琳さまに報告するほどの事ではないとは思うのですが、先ほど華琳さまへ取り次ぎを求める者が現れたそうです。あまりにもみすぼらしい格好だったことと、名前を名乗らなかったため追い返したそうですが」

 新たな人材が来た。それを聞いて曹操は目を細める。

 優秀な人材であればいくらでも欲しい所だ。今でも大陸中から人材を募集している。そしてそれを確認する役目をしているのは曹操である。多少の才を持つ物はいくらでも集まったが、中央で仕事を任せるには足りなかった。そういう人材は諸侯の元でなら働けるだろうと紹介状を出して仕事を斡旋していた。逆に中央でも役に立つと認められた人材は諸侯の元での兼任でも構わないから中央の仕事を回している。

 だから曹操の元を訊ねる者は少なくなかった。それでも最近はめっきり減ったのだが。

「仕官を求める者かしら……でも、それなら名乗るはずよね。その者の特徴は?」

「はあ、それが長旅で汚れていたのか、特徴らしい特徴はなかったとの事です。強いて言えば汚れているのが特徴でしょうか。あ、それと取り次ぎの際に約束を果たしに来たとかなんとか。詳しい事を訊ねようとしてもそれしか言わない為、追い払ったとの事です」

 それを聞いて曹操の顔色が変わる。

 机の上にある書類を弾き飛ばして身を乗り出す。

「っ! 春蘭。すぐにその者を連れてきなさい!」

「はっ?」

 曹操のあまりの反応の変化に、黒髪の女、春蘭はすぐには対応できなかった。

「聞こえなかったの? すぐに連れてきなさいと言ったのよ!」

「はっ、はい!」

 二度目の言葉。春蘭と呼ばれた女は慌てて部屋を出ると、物凄い速度で去っていった。

 そして数分後。春蘭と呼ばれた女は一人の男を連れて部屋に戻ってくる。

「連れてまいりました」

 これでもかという笑顔と共に。

 だが、曹操の顔に浮かぶのは落胆の表情。

「春蘭……これは誰?」

「はっ、ですから取り次ぎを追い返した門番です!」

 春蘭と呼ばれた女は、「褒めれくれ」というオーラを出しまくっている。

 その態度に、曹操は頭を抱えてうずくまる。

「……そう、春蘭、私の言い方が悪かったわ。取り次ぎを求めた者を連れてきなさい。この門番は連れていっていいわ。その者の顔を見たのはこの者だけなの?」

「いえ、他にも数名おりますが」

「なら、その全員を捜索に当たらせなさい。いいこと、その人物を連れてくるまで帰ってきたら許さないわよ!」

「はっ、はい!」

 再度の命令。春蘭と呼ばれた女は門番を連れて改めて部屋からかけ出していた。

 

「……春蘭。これは?」

「はい、ですから取り次ぎを求めた者です」

 俺の目の前にいるのは華琳、それと俺を連れてきた黒髪の女。

 華琳に会おうとここまで来たのだが、門番に追い返されてしまい、どうしようかと近くをウロウロしていた所をこの黒髪の女に抱えられるように捕獲された。

「私は『連れてこい』と言ったわよね」

「はい、ですから連れてまいりました!」

「あのね、これは『捕らえる』と言うの。すぐにその縄を解きなさい!」

 そう、捕獲。俺の手は後ろで縄で縛られ、その縄は首まで伸びて輪を作っている。

「はいっ!」

 黒髪の女は慌てて縄を切る。

 良かった、本当に良かった。てっきり約束通りにこのまま殺されるのかと思った。この三年、大陸中を歩き回っていたけど、良い方向へ発展しているように感じていた。それでも華琳には物足りなかったのかと後悔したほどだ。

「それと春蘭。邪魔だから部屋から出ていなさい」

「いえ、素性がわからぬ者を華琳さまと二人っきりにするなど出来ません。それも男ですよ、男。そりゃもうくんずほぐれつでしっちゃかめっちゃかで……」

「春蘭……聞こえなかったのかしら」

 怒っている。俺でもわかる。この黒髪の女が華琳の配下だとしたら、余計にそれを感じているだろう。

 だからだろう、黒髪の女は慌てて口を閉じる。そして一度だけ俺に視線を向けてから、改めて華琳へと向き直る。

「って、桂花が以前に言ってました。失礼いたします!」

 急いで部屋から出ていく。これ以上華琳の機嫌を損ないたくないのだろう。

「久しぶりね、北郷」

 先ほどとは打って変わって自愛に満ちた声。

「やぁ、華琳。美人になったね」

 三年前は美少女だった。だけど今は「少」の文字を取り除いても良いだろう。三年という年月は短いようで長い。そして長いようで短い。

「そういうあなたは随分汚くなって……どこで何をしてたのよ」

「あー、ちょっと益州の方で南蛮が攻め込むって話が上がっててさ、ちょっと防衛にね」

 そう、つい先日まではこの大陸の南西にある益州で南蛮軍と戦っていた。劉璋軍の一部に混ざって。

「は? あなた、なにやってるの? それより、なんでここに来るのが昨日じゃないのよ!」

「えっ? 昨日? 約束の日は今日だろ?」

「……昨日よ! そのために無理やり一日予定を開けていたのに!」

 思い出してみる。虎牢関で華琳と話をした日を。

 そして血の気が引いていく。一日勘違いしてた。これはどう考えても俺が悪い。

 だから慌てて頭を下げる。

「すまん、勘違いしてた!」

「……心配したんだからっ、約束を守る気がないんじゃないかとか、どこかで死んでしまったんじゃないかとか、もう私に会いたくないんじゃないかとか」

 華琳は手元にあった書簡を手当たり次第に放り投げてくる。俺はそれを丁寧に受け止め、横に積んでいく。華琳の仕事に関わる書簡だ。きっと大事な物だろう。

 ちなみに、俺はすでに馬にも乗れるようになったし、読み書きも出来るようになった。そして剣もある程度使えるようになっていた。と言っても一般兵士並に、だが。剣については元々剣道をやっていたので若干の下地はあったというのもあるのだが、先生と呼ぶべき人物が恋、霞、蘭なのだ、そんな先生たちにしごかれれば成長しないはずが無い。読み書きも詠とねねがみっちり叩きこんでくれた。それにこの世界についてや軍略なども叩きこまれた。それはゲームや小説では身につく事はない実戦での体験を元にした物なので役に立たない訳がない。馬は月が教えてくれた。ある意味、その時間だけが俺の憩いの時間だった。

 ある程度物を投げて気が晴れたのか、華琳は物を投げるのを止める。

「ごめんな、華琳」

 頃合いだろう。俺は言うのと共に、ゆっくりと華琳の元へと足を進める。

「本当に、本当に心配したんだから」

「ああ、ありがとう。華琳」

 ゆっくりと、華琳の頭へ手を乗せる。

 それが心地いいのか、安心したのか、触られて俺の事を実感できたのか、華琳はゆっくりと目を閉じていく。

 しばらくそのままの状態で待つ。華琳が完全に落ち着くまで。

 そして閉じるときと同じぐらいの速度でゆっくりと目を開く。

「ありがとう、もう大丈夫だわ。春蘭や秋蘭の前でもこんなに気を荒げた事はないのに、あなたの事となるとなぜか感情が露になってしまうわ。まったく、曹孟徳らしくない」

「それは、ありがとうと言っておけば良いのかな」

 やさしく微笑みを返す。

「……バカ」

「それにしてもすごい書簡の数だね。三年経ってもまだこんなに忙しいんだ」

 先ほど、山のように書簡を投げつけられたけど、それでも華琳の机の上に詰まれている書簡の数は減った感じがしない。それだけ仕事があるのだろう。

「立ち上げ時期はこれ以上の忙しさだったわよ。反董卓連合の解散後に袁術の力が弱まったのを確認して孫策に声をかけたんだけど、孫策は揚州を手に入れるまでは中央の仕事は待ってほしいって、孫策や周瑜、陸遜、甘寧といった人材が居なかったし……まぁ、揚州は豪族が多く存在して完全な統治下に置かれていなかったから、いずれは行うつもりだったんだけど、こちらで兵を用意すると言っても自分たちだけでやるって言って聞かないし」

 反董卓連合の時、孫策は袁術の客将という立場だった。その足枷を外す為に、董卓軍は袁術軍に打撃を与えていた。そして孫策軍に曹操軍や劉備軍のように董卓軍を追い返すという実績を残させた。だから袁術の元から孫策が離れたのも当然の事だ。

「ああ、あったね。そんな事も」

「あったね?」

 華琳が怪訝な表情を浮かべる。

 あったね、つまりそれを俺が知っていた事に驚いているのだろう。だけど、これから言う事はもっと華琳を驚かせる事になる。

「うん、手伝っていたもの。三ヶ月ほど」

「て、手伝っていた……」

「きっかけは孫策が揚州の統一の途中に許貢の残党に狙われてるって噂を聞いた事なんだけど、その残党を倒した時に孫策に見つかっちゃってさ。ついでに揚州の統一に手を貸してきた」

 詳しく話せばもっといろいろあったんだけど、簡単に説明するとそんな感じ。

「はあ? だって董卓軍と孫策軍は虎牢関で一戦交えているじゃない。よく一緒に戦うなんて事が出来たわね」

「今なら中央で仕事をしているから孫策の性格はわかっていると思うけど、結構あっけらかんとしててね、気にしてなかったみたいだよ。それと周瑜は全てわかっているようだったし」

 そう、周瑜は反董卓連合が解散された際に董卓軍が何を考えて動いていたのか、それをしっかりと理解していた。まあ、周瑜ならそれぐらいは出来るだろうと思っていたので驚きはしなかったけど。

「でも、兵士はそうはいかないでしょう。だって敵だったのよ。華雄は孫策と一騎討ちすら行ったじゃない。そんなのが一緒にいて大丈夫な訳が……」

「いや、それがさぁ、俺も不思議に思うんだけど、布一枚でわからなくなるらしいんだよねぇ」

「布一枚?」

 言葉で説明するよりは実践する方が早いだろうと思い、俺は一枚の布を取り出すと三角形に折り、口元を隠すようにして頭の後ろで結ぶ。

「……それで?」

 あれ……華琳は見破れる方の人か。ちょっと困ったな。まあ、孫策や周瑜にもバレバレだったんだけど。

「変装にもなってないじゃない。それでわからなくなるなんてどんなバカよ」

「えっと……さっき俺を連れてきた人でもう一回試させてもらっていい?」

「春蘭? 別に良いわよ」

「あー、それ真名だよね。出来れば呼んでいい名前を教えて欲しいな」

 なんだろう、さっきの人の真名を呼んだ瞬間に殺される気がする。きっと、確実に。

「ああ、夏侯惇よ。ついでに以前に連れていた弓を持っていたのが夏侯淵」

 へぇ、あれが夏侯惇と夏侯淵か。夏侯惇ってもっと頭が良いイメージがあったんだけど、俺の思い違いかなぁ。こっちに着てから俺の時代の読み物なんて目にする事も出来ないからいろいろと記憶が混ざってしまったのかもしれない。

「春蘭ならどうせ扉を出た所でこちらを気にしているでしょうから、呼んできてくれていいわよ」

 こういう状態でも人を使いますか。華琳らしいと言えば華琳らしい。

 俺は布を外すと、言われたように扉を開ける。

 それと同時に人が一人倒れこんでくる。夏侯惇だ。中の様子が気になって耳でもくっつけて会話を聞こうとしていたに違いない。

 

「はっ! 夏侯惇参上いたしました!」

 華琳の前まで移動して直立不動の構えをとる夏侯惇。

「ちょっとその北ご……男の茶番に付き合ってくれるかしら」

 華琳の言葉。流石にここで北郷一刀の名前を出されるのは不味い。一応、董卓軍の将の一人として一部には名前が知られているのだから。それが堂々と華琳の前に姿を現しているというのは状況的にいろいろな憶測を生んでしまう。

 しかし、夏侯惇は曹操軍の将なのだから虎牢関で遠目になら俺の姿を見ているはずなのだが、なんで気付かないんだろうか。気付かれても困るので、気にしない事にする。

「それじゃあ、夏侯惇さん、ちょっと後ろを向いてもらえますか」

「この夏侯元譲、貴様の命令など聞かん! 私に命令していいのは華琳さまだけだ」

 なんて言えばいいんだろうか……でも、この人相手ならきっと通用する。そんな気がする。というか確信する。

「春蘭。今はその男の言う事を聞きなさい」

「はっ、華琳さまのご命令とあらば」

 その言葉と同時に、見事な回れ右を見せて俺に背中を向ける。

 俺は先ほどと同様に布で口元を隠す。

「もう一度こっちを見てもらえますか?」

 その言葉を聞いて、夏侯惇がこちらを向く。

「なっ、貴様何奴! さきほどの男はどうした!」

 腰に提げている剣の柄に手をかける。

 そして華琳は驚きの表情をあげている。

 では布を外して……と思ったのだが、今後の事を考えるとできれば布を外すところを見られたくはない。だからと言って、別人だと思われている俺の言葉に夏侯惇が従うかというと、それはありえないわけで。ではどうしたものか。

「春蘭、もう一度後ろを向きなさい」

 それに気付いてくれたのか、華琳が口を開く。

「ですが、このような怪しげな者に背を向けるなど」

「いいから、後ろを向きなさい」

「わかりました」

 しぶしぶといった感じに、夏侯惇は後ろを向く。

 そして俺は布を取る。

 それを見て華琳がまた口を開く。

「春蘭、もう一度振り向きなさい」

「むっ、貴様は先ほどの男。あの怪しい男はどこへ消えた!」

 辺りに鋭い視線を向ける夏侯惇だが、もちろん見つかる訳がない。目の前にいるのだから。

 華琳のため息。俺の言った事に納得……したくはないのかもしれないが、現実に実証されたのだ。納得せざるを得ない。

「春蘭、もういいわ。また部屋の外で待機していて頂戴」

「ですが、先ほどの怪しい男がどこに潜んでいるかもしれませぬ。この場を離れるわけには……」

「春蘭。私に同じ事を言わせる気かしら」

「いえ、そういうわけでは……夏侯惇、外にて待機させていただきます!」

 扉へ向かっていく夏侯惇は視線をあちこちに向けている。布で顔の下半分を隠した男が潜んでいないかを確認しているのだろう。

 そして部屋の中にその気配がないとわかると、部屋から出て扉を閉める。待機と言いつつ、きっとまた耳を扉につけてこちらの会話を聞こうとしているに違いない

「というわけなんだよ」

「信じたくないけど、信じるしかないようね」

 またもやため息をつく華琳。俺も最初は同じような気持ちだった。なぜバレないのだろう、と。だけど、その利便性を考えると助かる事が多かったので今でも利用している。

「まあ、すぐに気付く人もいるけどね。だけど、なぜかバレない事が多いんだよなぁ、これ。袁紹の所では気付いたのは顔良だけだったし」

「は? 袁紹?」

「うん、前に鮮卑が攻め込んできたって報告がなかったかな?」

 二年ほど前、袁紹の統治する土地に鮮卑の侵攻があった。俺たちはそれを聞いて、慌てて駆けつけたのだ。そこで見たのは、鮮卑に蹂躙されようとしていた袁紹軍の姿。

「あったわね。軍を派遣する手配までした所で袁紹軍がそれを撃退したという報告が来たけど……まさか」

「そう、そのまさか。袁紹軍ってきちんと動かすと強いんだね。賈駆や陳宮が指揮を取っただけで全く別の軍かと見違えるくらいの働きを見せたよ。いやぁ、虎牢関であれだけの動きを見せられてたら負けてたね」

 恋、霞、蘭の三人に鮮卑軍の前線をかき回してもらうと共に、詠とねねの指示が飛んだ。それは本来なら通るはずが無い指示。上官ではない者からの指示にも関わらず、その的確さに袁紹軍の兵士はその指示通りに動いた。その結果鮮卑を撃退できた。

 その後、袁紹が顔良と文醜を率いて挨拶に来たのだ。袁紹にかけられた言葉は「あのままでも袁紹軍は勝っていたのですけど」というものだったけど。ちなみに、顔良だけは呂布や張遼に気付いていた。それは表情からわかった。だけど黙っていてくれたようだ。

「いやぁ、こっちの顔を知らない諸侯の所だったり、規模が小さいものならもっと楽なんだけどねぇ」

「他にもあるの!」

「えっと、公孫賛の所で鳥丸と戦っただろ、それと劉表の所で山賊退治をして、それに袁術の所は治安が悪かったんで、何個も盗賊団を退治したな……」

「いったい何をしてるのよ、あなたたちは」

「何って、華琳や劉備さんはとても高い所に登っちゃったから足元が見えにくいと思ってさ。だから、目の届きにくい所の掃除」

 華琳は呆れたように息を吐く。

「北郷一刀はどこまで行っても北郷一刀だと?」

「北郷一刀が、じゃないよ。董卓軍が、だよ。董卓軍は平和な世を求めている。そのために戦う。誰の旗も立っていないけど、それだけは変わらない」

「そう……」

 少しだけ寂しそうな声。

「さてと、そろそろ賭けの結果を教えてもらえると嬉しいな」

 それを聞く為に俺はここに来た。俺の命を賭けた結果を。華琳との三年越しの賭け。

「答えなくてもわかっているくせに……」

「そうだね、そして華琳は俺に嘘をつきたくないともね」

「まったく、そこまでわかっているならもう何も言えないじゃない」

「悪いな、董卓軍の人材なら華琳がいくらでも欲しがるんだろうけど……」

「……董卓軍の人材もだけど、あなたが欲しいのよ」

 聞こえていたけど、聞こえない振りをする。もう表舞台に立つ事はないと思っている。その分、裏ではいろいろとやらせてもらうつもりだけど。

「桃香には会っていかないの?」

「おや、真名で言いあえる仲になったんだ」

 桃香、それは劉備さんの真名。

「そりゃ、三年も一緒に仕事をしていればね。桃香も会いたがっていたわよ」

「そっか、会っていきたい所だけど……次に会うのはこの大陸が平和になってからって約束だしね」

 そう、約束、と言うよりも命令。劉備さんが帝になると決意した時に言われた言葉。

「今でも十分平和になっているじゃない」

「三年前に比べればそうだろうね。だけど、華琳の元にこれだけの仕事が舞い込んでいる事を考えるとまだまだ足りない。力を必要としている人はまだ残っている」

 だけど、一年後か、五年後か、十年後か、きっと俺は劉備さんの前に姿を現すだろう。そう信じている。劉備さんを、そして華琳を。今はさらに多くの優秀な人材がいる。その日もきっと遠くないだろう。

「私はこの大陸が平和になるまで待つなんて言わないわ。だからこの近くを通る事があったらお茶でも飲みにきなさい。良いお茶を用意しておくわよ。それとその時は他の連中も連れてきなさい。どうせあなたの事だからこっそりとここに来たんでしょう。今頃慌てて探されているんじゃなくって」

 バレてるな。確かに華琳との約束自体を内緒にしていた。だから恋に一通の文を預けてこっそりとここに来ていた。恋には今日中に俺が帰ってこなかったら開くように、と告げて。恋はキョトンとした表情をしていたが、だからこそ恋に預けたのだ。

「ああ、近くを寄る事があったら飲みに来させてもらうよ。華琳が用意するお茶だ、きっとおいしいんだろうね」

 俺はそう告げると華琳の元を後にした。

 

「ったく、あのバカはどこに行ったのよ! 恋、あなたどこにいるかわからない? その触覚を使って」

「…………触覚?」

「あー、もう。悩まない」

「……でも、ご主人様から文を預かってる」

「なっ……ちょっとそれを見せなさい!」

「……だめ、これは明日になったら読む。約束」

「いいから、よこしなさい」

 恋から文を奪おうとピョンピョン跳ねている詠に向かってチョップを一発。

「無理に取ろうとしない!」

「いったぁ……ちょっと誰よっ、って北郷じゃない。今までどこに行ってたのよ!」

「ちょっと野暮用」

 本当にちょっとした用事。そう思える。

「あんたねぇ、ここは洛陽なのよ。一人で出歩いて何かあったらどうするの!」

「まぁまぁ、きちんと戻ってきたんだし、いいじゃないか。あ、それと恋。その文もう必要なくなったから」

 恋の手から文を取ろうと手を伸ばすが、掴もうとした瞬間、恋がそれをずらす。

「あの……恋?」

「……だめ、これは明日になったら読む。約束」

 いや、読まれたら困るんですけど……。

 俺は再度文へと手を伸ばすが、同じように恋がずらす。何度かそれを繰り返したが、俺が恋に敵う訳がなく、文は恋の手の中だ。

「恋、肉まんと交換でどうだ!」

「…………んっ」

 よし、交渉成立。恋の手から文を取り返す。

 まあ、最終的に肉まんを奢らないといけない相手が六人になっていたのは仕方の無い事だろう。というか、まさか月まで乗ってくるとは……。とにかく、俺は取り返した文を何度も破き、原形を留めなくなるまで切り裂く。それは風に乗って空高く飛んでいく。

 これで良かったんだよな。飛んでいく文の破片を見ながら、そう思う。

「何を哀愁ただよわせてるのよ」

 そんな詠の突っ込み。脛を蹴られた。これは痛い。

 って、あれ……俺が別れる前と皆の雰囲気が違う。妙にこざっぱりしている。別れる前までは俺と同じように土埃などで汚れていたはずなのに、そんな様子は微塵も見えない。

「……あの、なんで皆さん、そんなに綺麗な格好になっているんですか?」

「ああ、これ。皆で宿屋の温泉に入ったのよ。服もその時に一緒に洗ったわ。乾くかどうかわからなかったんだけど、何でも李典とかいう人が作った『カンソウキ』とかいう変な物体があってね。それに入れたらすぐに乾いたわ」

 あるのかよ、乾燥機! いやそれよりも問題なのは、俺を置いて風呂に入っていたという事で。

「あの……俺を一生懸命探してくれていたんじゃ……」

「探してたわよ。温泉に入って一息ついて、ご飯を食べた後に」

 ご飯まで、って俺は飯を食ってねぇ! さっきの肉まんが一個だけだ。

「さて、それじゃあ今度は涼州よ。なんでも野盗が出没しているらしいわ!」

「俺のご飯……ん? 涼州?」

 涼州と言えば、月たちがいた場所か。

「そう、涼州よ」

「そうか、久々の里帰りだな」

「そういう気分じゃないんだけどね。でもきっと懐かしい空気と大地を味わえるわね」

 そういえば、この三年大陸中を動き回っていたけど涼州に行った事はなかったな。詠たちが妙に嬉しそうに見えるのも気の所為ではないだろう。

 なら、俺がここで一食抜く程度の我慢は甘んじて受けよう。

 

 俺たちの前に見えるのは、今にも邑に襲いかからんとする野盗の一団。

 だから俺は指示を出す。

「恋! 霞! 蘭!」

「…………んっ」

「はいなっ」

「おうっ」

 三人の名高い勇将が。

「ねね! 詠!」

「呼び捨てにするなです!」

「うるさいわよ!」

 二人の神算鬼謀の軍師が。

「月!」

「はいっ」

 そして本来ならそれを率いるべき人物が俺の周りに集まってくる。

 俺たちの元に旗はない。だけど、知っている者は知っている。董卓軍。それはこの世を太平へと導く為に戦う、ただ七人からなる最強の軍団。

 明日の平和を夢見て、俺は、俺たちは戦い続ける。そして、太平な世の中は必ず来る。劉備さんが、華琳が叶えてくれるその日まで。


 
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