No.100667

真・恋姫無双~魏・外史伝48~完全版~

 こんばんわ、アンドレカンドレです。
ふう・・・、今日中に投稿できて良かった。
夕方辺りに限定で先行版を投稿しましたが、やっと完全版が投稿できます。待たせてしまって申し訳ありません。限定でお気に入りユーザーに公開した所、たくさんの人から応援メッセージが来ました。これだけの人達が僕の作品を見てくれていた事に、僕は感激しました。今後とも、皆様方の期待に応えられます様、精進していきますのでよろしくお願いします。
 それでは真・恋姫無双 魏・外史伝 第二十章~君は誰がために・後編~完全版をどうぞ!!

2009-10-12 22:53:03 投稿 / 全14ページ    総閲覧数:4990   閲覧ユーザー数:4050

  お話の前に注釈入れておきます。

 前回でも話に出て来た海上要塞・霊亀(れいき)についてです。

 これが無いと、何がなんだが分からなくなってしまいそうで・・・。

 と言う事で僕が描いた設定図を参照しながら、説明します。

  まず、上の図が霊亀の全体図です。前、横、横(甲羅解放時)と描いてその大きさを人、船

 で比較しています。横(甲羅解放時)の背中に書かれている何かカタパルト的なものについて

 は次の図にて説明します。

  見ての通り、折りたたまれた形で霊亀の中に搭載されており、甲羅が展開されると上にせり上

 がる感じです。後は図の中の注釈を参照してください。

  では、説明もこれぐらいにして、そろそろ本編に移りましょう。それでは真・恋姫無双魏・外史伝 第二十章~君は誰がために・後編~完全版をどうぞ!!

第二十章~君は誰がために・後編~ 

 

 

 

  来るべき決戦に備え、雪蓮は国に大号令を放つ。その大号令に国中の兵士達が建業に召集される。

 呉軍が戦いの準備を開始してから三日後・・・。

  「東沖に・・・謎の巨大亀が突如浮上したと、地元の漁師達から報告が来ました。」

  と一人の兵士からの一つの報告で城内は慌ただしくなる。ついに女渦が動き出したのである。

 

  日の出と共に、建業の港から百を超える呉軍の大船団が東の沖へと出港する。

 そしてそれから数刻後・・・、建業より東の海の沖。

  「前方に巨大な影を確認!!」

  周囲を監視をしていた兵士が監視台から大声で報告する。船上にいた者達はその声に反応し前方に目を

 凝らす。その影を見た多くの者達が目を疑う、その影の正体に・・・。その船と形容し難い、甲羅を背負った、

 全体から鈍い輝きを放つ、一つの島並みの巨大な亀を模した全身を鋼で覆った、その姿はまるで要塞。その巨

 大のせいなのか、波が横からぶつかろうが流される事無く、常に定位置に固定していた。現代の我々にとって

 鉄で出来た船が海の上に浮かび、海の上を進む光景には様々な形で目にする事があるため別段異様な光景では

 無いだろうが、この時代の多くの人々には鉄の塊が海の上に浮かんでいる事など超常現象の類に映る事だろう。

  「信じられん・・・。あんな鉄の塊が海の上に浮かんでいるとは・・・。」

  開いた口が塞がらない愛紗・・・。驚きの多少はあれ、他の彼女達も同様に驚く・・・。一体どうやって

 あれと戦えば良いのか?

  「だが、戦わずして逃げるわけにもいかんであろう?」

  と愛紗の横に並ぶ星。女渦に二度も煮え湯を飲まされた事もあり、心無しにか怒りが滲み出ている。

  「すでに紫苑達、弓兵部隊が臨戦態勢に入いっておる。」

  「それはいいが、見た所、侵入出来そうな場所など見当たらない。おうとつの無いあの壁ではよじ登る

  事も叶わん。」

  「ふむ、その事について、冥琳殿から今回の作戦について書かれた書状を承った。」

  「書状・・・?」

  不思議そうに星の方を見る愛紗。その手には二つ折にされた一枚の紙が。その紙を愛紗に手渡す星。

 愛紗はその紙を広げ、中身を確認する。

  

  「ねぇ、冥琳?これ本当に上手くいくの?」

  別の船に乗っていた雪蓮は、冥琳に彼女が立てた作戦について不安気に尋ねる。

  「上手く・・・か。はっきり言ってしまえば、紙に書いたように綺麗に事が進むとは微塵も

  思ってはいない。向こうも抵抗をしてくるだろうから、我等の侵入をそうやすやすと許さぬはず。」

  「あなたがそれを言っては身も蓋も無いわね・・・。」

  「しかし、他に方法が無いのだから仕方ないでしょ?後は・・・、あの中に潜伏している彼に期待でも

  するしかないわね。」

  「最後も彼に頼るわけか。まぁ、今までだって彼に頼りっぱなしな感じだったし、そんな事を言うのも

  今更かしらねぇ~・・・。」

  「呉の王とは思えぬ、情けない声を出すな。ただでさえあのような代物を見てしまって、士気が下がり

  気味だと言うに。」

  「分かってるわよ~!だから誰もいない所で出しているでしょ?」

  「・・・全く。お前がそれでは、蓮華様に王の座を空け渡す日も近いというものだ。」

  「蓮華に・・・?まぁ、私はそれでいいけど・・・?」

  「雪蓮・・・。」

  「あら?別に私は冗談で言ったつもりは無いわよ。・・・私のするべき事は、もう二年前に終わっているの

  だし・・・。そろそろ潮時なんじゃないのかなって・・・、ね。」

  「その歳で隠居する気か・・・?良い御身分ね。」

  「歳の事は言わないで・・・!」

 

  「・・・これが、作戦だと?」

  作戦の書かれた紙を見ながら、愛紗は星に尋ねる。

  「そうだ。何か不満か?」

  「いささか無茶な気がする・・・。とても周喩殿の立てたものとは思えない・・・。」

  作戦内容を読んだ愛紗は率直な感想を言う。それを聞いた星は少し呆れた顔をする。

  「そういう作戦しか立てられないのだろうさ。」

  「甲羅が展開した後に、そこから中に潜入・・・。これはどういう意味だ!あの背中がぱかっと開くのか?!」

  と、そう書かれている部分に指を指摘する愛紗。

  「どう開くのか、それは知らぬが、あの鉄壁が鉄壁でなくなる絶好の瞬間ではないか。・・・無論、それは

  同時に向こうが何かを仕掛けてくるという事だ。」

  「・・・つまり。」

  「この作戦、時間との勝負になりそうだ・・・。ほれ。」

  と言って、星は愛紗に何かを手渡す。長い縄がぐるぐるとまとめられ、その先には鈎爪が結び付けられ

 ている物をいくつかまとめて入った木箱であった。

  「これで中に潜入しろと言う事か?」

  「潜入は少数精鋭で行くそうだ。お前も隊の中から何人かを選りすぐって、事の内容を伝えとくのだぞ。」

  そう言い残し、星は自分の隊の方へと戻っていくのであった。

 

  海上要塞に近づく呉の大船団、不思議な事に未だ向こうに何ら動きが無い。それが返って気味が悪かった。

  「ねぇ、冥琳。さっき聞き忘れたんだけど。あの甲羅、開くの?」

  雪蓮は至極当然の質問をする。そもそもこの作戦は、あの要塞の上層部分が展開し、中が露出している

 事を前提の作戦。その上層部分である甲羅が閉じたままでは、どうする事も出来ない。

  冥琳はあの要塞の見取り図を見ながら、その質問に答える。

  「向こうが何を企んでいるのか・・・、それは定かでは無い。だが、あの要塞の構造上・・・、上層部分

  を展開しない限り、中の者達が外に出る事が出来ない。つまり何かしらの動きを見せるとしたらその鉄壁

  の状態を、一時的に解除しなくてはいけないのよ。」

  「ふ~ん。でもそうなると、あの甲羅みたいなのが開くと何かが起こるってわけよね。何が起こるの・・・?」

  雪蓮の次の質問に、見取り図を見ながら少し考える冥琳。

  「分からない・・・。ただ、気になるのが・・・。」

  そう言って、冥琳はその見取り図のある一点を見る。

  「この要塞内の大部分を占めている・・・この部分・・・。」

  あの巨大な要塞の中の大部分を占める謎の建造物・・・。これの正体を見取り図だけでは、冥琳すらも

 分からなかった。

  「つまり出たとこ勝負になるってわけね?」

  「あぁ・・・、これは大きな賭けになるわ。私達が向こうの思惑を打ち砕くのか、それとも向こうの

  思惑が実現してしまうか・・・。」

  建業から出港してから三刻、太陽が南中を通過しようとする時であった。

  

  ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッッ!!!

 

  腹の奥底まで響く、まるで何かが鳴いているような、そんな轟音が海の上を駆け巡る。そしてその音の

 発生源は、呉の大船団が向かう先であった。その轟音と共に、要塞の上層が動き出す。上層部の甲羅の部分

 の下層部位が手前に飛び出し、次に上層部位が下に降りていく。最期に残った頭頂部の甲羅は蓋を開ける様

 に上に押し上がっていく。ある程度まで押し上がると、後方部分を基点に前方の部分が上がり、傾いていく。

  「どうやら動き出した様ね。」

  別の船の甲板にて待機していた蓮華が呟く。

  「蓮華様、潜入部隊の編成は完了しました。」

  何処からともなく、蓮華の後ろに片膝をついて現れた思春が報告を告げる。

  「ありがとう。」

  「・・・・・・。」

  「どうしたの?」

  報告を終えても、まだそこに片膝をついたまま動かない思春を不審に思った蓮華は声を掛ける。

  「・・・蓮華様。やはりあなた様も行かれるのですか?」

  「・・・私もこの戦いに関わりを持った以上、今更安全な場所で隠れているわけにはいかないわ。」

  「・・・あの男があそこにいるから、ですか?」

  「・・・・・・。」

  図星なのか・・・、蓮華は口を閉じ黙ってしまう。

  「申し訳ありません。過ぎた事を、お忘れ下さい。」

  一礼して、その場を離れようと蓮華に背を向ける思春。

  「違う、と言えばきっと嘘になるでしょうね・・・。」

  思春は蓮華に背を向けたまま静止する。

  「多分、私は・・・彼の戦いの決着を見届けたいの、だと思う。・・・おかしな事よね。何で私は

  そんな事をしたいのか・・・。自分でも分からないの・・・。」

  蓮華は困惑する。この自分の中でうごめくこの感情に。彼に対する同情なのか、それとも彼がいた外史の

 自分の代わりになのか、はたまたただ純な意味で彼に・・・。

  「蓮華様・・・。」

  くるっと回り、蓮華の背中を見る思春。何かを言おうとした瞬間、雪蓮がいる主船から銅鑼の音が聞こえる。

 戦いの始まりを告げる音が鳴ると、蓮華、思春ともに顔が引き締まる。

  「行きましょう。」

  「御意!」

  

  呉の大船団は鋼の要塞・霊亀を挟むように左、右と分かれる。要塞の上層が開き、中が露出した所から

 潜入しようという、かなり無茶な作戦を実行するべく、各船の精鋭数十名は待機する。

  「随分と派手に開いたでは無いか。これなら思いのほか簡単に乗り込めそうだな、愛紗よ。」

  「そうだな。だが、逆にここまで無防備過ぎると返って気味が悪い。」

  「向こうだって、我々を乗せるつもりなど無かろうて。駄賃が無いのに無理に乗船しようとすれば、追い

  出されるのは道理というもの。」

  「せいぜい海に突き落とされぬよう気を付けるのだな。」

  「ふっ、その言葉そのままそっくりお主に返そう。」

  甲板に出ていた愛紗と星が彼女たちなりの激励の言葉を互いに交わす。

  「気を付けてね、二人共。」

  二人の背後から声を掛ける紫苑。二人の部隊が待機していた船の横に隣接する船の甲板に紫苑の弓兵隊が

 待機していた。

  「ああ、我々の背中・・・、お前に託すぞ。」

  「うむ。後方の援護、頼むぞ。」

  紫苑の役割は弓兵隊を率いて、霊亀に潜入する者達の援護である。乗り込もうとすれば、間違いなく迎撃

 される。その時、登っている最中はどうしても無防備になってしまう。そこで、別動隊として弓兵隊・工作

 部隊が後方で展開し、潜入部隊の援護に回る事となったのだ。そしていよいよ霊亀の真横に船をつける。

 それを合図と言わんばかりに、外壁に向かって縄のついた鈎爪達が勢い良く投げ飛ばされる。投げ飛ばされた

 鈎爪は縄を引き連れ、外壁の内側に投げ込まれる。そして今度は持ち主に引っ張られると、所々のおうとつに

 引っ掛かる。引っ掛かりを感じた持ち主達は縄を辿って霊亀の外壁をよじ登っていく。

  ザシュッ!!!

  「うわぁああああっ!!!」

  外壁を登っていた一人の兵士が下へと落ちて行く。その上の外壁にはその縄を切った敵兵達がいた。

  ビュンッ!!!

  「・・・ッ!!!」

  紫苑が放った矢が外壁の上に立っていた一人の敵兵の胸を貫き、敵兵はそのまま海へと落ちていった。

 しかし他の敵兵達がそう簡単には乗り込ませないと言わんばかりに、縄を切っていく。そしてそれとは別に

 要塞の中から外へと飛び出し、船に乗り込んで来る敵兵達。潜入部隊の後方の支援をする弓兵部隊、工作部隊

 に襲いかかる。それを食い止めようと、突撃兵、槍兵達が彼等を死守する。外壁を挟んだ攻防戦が展開される。

  一足先に外壁を登りきった愛紗は背中に携えていた青龍偃月刀を手に取ると、外壁で縄を切る敵兵を斬り裂

 く。

  「はぁあああああああっ!!!」

  ブゥオンッ!!!

  ザシュッ!!!

  「もたもたするな!早く登り切るんだ!」

  愛紗が兵士達に檄を放つ。それに呼応するように、兵士達は登る速度を速めていく。

  「愛紗!先に下に降りるぞ!」

  そう言って、外壁を登りきった星は一足先に要塞内に降りる。そして次々と要塞内に潜入する精兵達。

 他の船の者達も被害は受けつつも着々と要塞内へと潜入していく・・・。それを確認した愛紗も遅れて

 要塞内に降りていった。

  「はぁあああああああっ!!!」

  ブゥオンッ!!!ブゥオンッ!!!ブゥオンッ!!! 

  星の神速と謳われる突きの連続が放たれる。敵兵達は間合いを取ってその突きを回避していく。

  「ほう・・・、中々に良い反応をする。そうでなくては張り合いがないというもの!!」

  ブゥオンッ!!!

  ガッゴォオオッ!!!

  ブォウンッ!!!

  ガギィイイイッ!!!

  ブォウンッ!!!

  ガギィイイイッ!!!

  敵兵三人を相手に、星は攻守ともに無駄のない動きで対処していく。蝶の様に舞い、蜂の様に鋭い突き

 を放つ・・・その動きに、今までにどれ程の人間達を見惚れさせた事だろう。しかし、その三人のうちの

 一人が星の背中を捉え、そこに刃を振り下ろす。

  「でやぁああああああっ!!!」

  ザシュゥウウウッ!!!

  「ッ!!!」

  だが、それを上から落ちて来る際に放った愛紗の一撃がそれを妨げる。敵兵はそのまま叩き伏せられる。

  「ふんッ!!!」

  ブゥオンッ!!!ブゥオンッ!!!

  ザシュッ!!!ザシュッ!!!

  連携を失った敵兵二人をすかさず切り捨てる星。

  「遅れて来た詫びのつもりか?」

  「詫び?何の事だ?私はただ窮地に陥っていたお前を助けただけだ。」

  「ほう・・・、言うでは無いか。」

  戦闘前も戦闘中もこんな感じの二人。だが、彼女達が最高の相方である事は、誰もが見て分かる事であった。

  「一つ、腑に落ちない事がある。」

  「何だ?」

  「向こうの抵抗が弱い・・・。」

  「抵抗は十分にあったと思うが?」

  「・・・今まで戦ってきた奴等の事を考えると、もっと激しい抵抗を示してくると予想していた。だが

  これでは申し訳程度で済んでしまっている・・・。」

  「ふむぅ・・・、お主がそう言うのなら、間違い無かろう。そしてそこから考えるに、向こうはわざと我々

  を乗り込ませ易くしていたのだろう。」

  「だが、何のために?」

  「簡単に考えれば、我々が乗り込んで来ようが、何ら問題は無いと言いたいのだろうさ。あの抵抗も

  ちょっとした余興・・・。」

  「一体、女渦という男は何を企んでいる?お前は奴に出くわしたのだろう?」

  「さて・・・、私も今まで色々な人間に会って来たが・・・。あの様な輩には今まで会った事がない。

  常人の常識では、到底計り知れない、そんな男だったさ。」

  「お前も常人とは思えんがな・・・。」

  「何か言ったか?」

  「空耳だ。それよりも・・・っ!!」

  

  ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッッ!!!

 

  「・・・っ!」

  要塞・霊亀内が突然、あの轟音と共に揺れ動く。

  「愛紗殿!星殿!!」

  そこに現れたのは明命、亞紗と彼女達が率いる隊の兵士達であった。

  「明命殿達も無事に潜入出来たようで・・・!」

  明命達の姿を捉えた愛紗は彼女達の再開に安著する。

  「はい。ですが、この揺れは・・一体?」

  明命の傍らでこの揺れの原因を愛紗に尋ねる亞紗。

  「分からん・・・。一体何が・・・。」

  「ん!?お主達、あれを見ろ!」

  そう言って、星は指を指す。愛紗達は彼女の指が指す方向へと目を向ける。

 

  ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッッ!!!

  「きゃあっ!!!」

  ドサァアアアッ!!!

  「蓮華っ!!!」

  「蓮華様っ!!!」

  愛紗、星が明命、亞紗と合流していた頃、ここから丁度反対側の外壁から侵入していた雪蓮達。

 そこに別の船に乗っていたはずの蓮華が上から落ちてくる。どうやら、先程の揺れのせいでこちらの方に

 落ちて来てしまったのだろう・・・。地面に叩き付けられる形で落ちて来てしまった蓮華の元に雪蓮と

 冥琳が駆け寄ってくる。

  「大丈夫、蓮華?」

  「は、はい・・・。何とか。」

  苦痛に顔を歪めながらも大事がない事を伝える蓮華。そして周囲を見渡す。外見の大きさに似合わず、

 中が意外に何も無い。ただ、その中央に何かしら得体の知れない巨大な建造物が立っているのみであった。

 そしてその建造物が音を立てながら、動き出す・・・。その建造物は下から土台がせり上がる。その土台に

 乗るそれも一緒に上っていく。そしてその土台は途中途中でその太さを細くなっていき、あの建造物はその

 頂上部に、そして外へとその姿を露わにする。

  「な、何よ・・・。あれぇ・・・?」

  と横にいる冥琳に尋ねる雪蓮。

  「自分が分からない事をいちいち私に聞くな・・・、雪蓮。」  

  そこに黒ずくめの敵兵達が物陰から飛び出し、雪蓮達に襲いかかる。

 雪蓮達もその敵兵を迎撃するべく応戦するべく構える。

  ザシュッ!!!

  「ッ!!!」

  だが、真ん中の敵兵の胸を後ろから刃の切っ先が貫き、敵兵は前のめりに倒れる。その背中には片刃の剣

 が突き刺さっていた。

  ザシュッ!!!ザシュッ!!!

  そして今度は二人の敵兵が背中を切りつけられ、骸となって地面に倒れる。剣が突き刺さった敵兵から

 その剣を抜き取るのは、朱染めの剣士であった。血濡れた片刃の剣を一払いしながら、雪蓮達の方を見る。

  「・・・君達も、随分と無茶をする。」

  さすがの彼もこんな風に侵入して来るとは思ってもいなかったのであろう。

  「悪い?」

  そんな彼に雪蓮は不敵な笑みで、そう答え返した。

  「いや・・・、君達らしい。」

  そう言われたので、彼も不敵な笑みで答え返す。

  「褒め言葉として、今は受け取っておくわ。」

  雪蓮がそう言った後、彼はある方向を人差し指で示す。

  「この先に、この要塞の中枢となっている、部屋がある。そこで、女渦が何を企んでいるかが、分かる

  かもしれない。」

  そして朱染めの剣士はその場を去ろうと彼女達に背中を向ける。

  「あなたは・・・、どうするの?」

  蓮華の掛け声にその足を止める。

  「女渦を、探す・・・。奴はここにいるはず。だが、未だに姿を、現さない。それが返って、怪しい。」

  「そう、分かった。気を付けて・・・。」

  「君達も・・・。」

  「えぇ。」

  簡単なやり取りを済ませ、朱染めの剣士はその場を去っていく。

  「・・・何だかやけに親しくなっているわね、彼と何かあった訳。」

  にやにやとにやけながら、雪蓮は蓮華の横から尋ねる。

  「っ!?突然、何を言い出すのですか!」

  こんな時に何をと言いながらも、顔を赤らめる蓮華。

  「雪蓮、それ以上の追及は野暮と言うものだ。それより、ここにもいずれ敵がやって来よう。早く

  この場から離れるべきだ。」

  「そうね。これからどうしようかしら?」

  「姉様!私は別に彼とは・・・!」

  「彼が言ったとおりならば、この先にあるという中枢部に向かうべきだろう。そこで女渦の企みを明らか

  にしておこう。」

  「そうしましょうか。行きましょう。」

  「聞いているのですか!あなたはっ!!」

  蓮華を放っておいて話を進める雪蓮と冥琳であった。心なしか、冥琳も笑っているように見えた。

 

  「・・・ここかしら?」

  雪蓮は部屋の中をキョロキョロを見渡す。初めて見るものばかりなのか、何処かわくわく感に駆られる

 子供の様にその目を輝かせていた・・・。朱染めの剣士の教えられた通りに進んでいくと、一室の部屋の

 扉に辿りつく。開けようとその扉に手を掛けようとしたら、扉は勝手に開き、その部屋の中が彼女達の目に

 入って来る。その異質な空間に雪蓮達は目を丸くして部屋の中に入っていった。

  現代風で言う操縦室、全体的に暗く、少し肌寒いこの部屋の前方の壁には一面の海が見え、その手前には

 操縦桿といった機材などが一定の間隔で横に並べられ、モニターらしきものが発光しているのが分かる。

 冥琳はそのモニターに手を触れる。

  「不思議な絵だ・・・、紙や竹簡とは明らかに違う素材の上に描かれているようだが、それといって、固定

  的なものでは・・・無いようだ。」

  そう言って、冥琳はモニター画面の右上に映る『霊亀』という文字を指で触る。するとモニターの映像が

 一瞬にして霊亀の見取り図に変わる。これには冥琳も驚かされる。さらに続けて右下に映る『現』という文字

 を触って見る。すると、今度は見取り図の上層。甲羅の部分が展開し、真中の建造物が下から上へとせり

 上がっていく。これは先程見た光景と同じ状況がこのモニターに映っている・・・、これは冥琳にも理解出来た。

  「成程・・・、この絵の文字を触ると絵が変化するのか・・・。」

  数回の操作でほぼ理解出来る所はさすがと言えよう・・・。

  「何か分かりそう?」

  と雪蓮は冥琳に聞く。

  「もう少し時間をくれると言うのなら・・・。」

  と、モニターを操作しながら答える。

 一方で蓮華は外の背景が見える壁を見つめる。海が絶え間なく波を起こし揺れ動く・・・。これがただの絵で

 無い事は蓮華でも分かったが、その原理はいまいち分からなかった。

  「でも妙ね・・・。ここが中枢だって言うなら、何で誰もいないのかしら?」

  「・・・それは、多分彼が片づけてくれたのでは?」

  「まぁ、そうかもしれないけど・・・。ここってつまりこの要塞でもすっごく大事な場所なんでしょ?

  だとしたら、ここで何かが起きればすぐに救援とかが来ても良くない?」

  「それは・・・、まぁ確かに、そうですが・・・。」

  「何か変わった様子は無い?」

  雪蓮は外で待機している兵士に尋ねる。

  「いえ!全く、何の異常もありません!」

  兵士はきっぱりと答える。確かに向こうから誰かが来る様子がまるで無い・・・。

  「一体何を考えているの?」

  頭を抱える雪蓮・・・。一方で、何か分かったのか。冥琳はモニターを見ながら・・・。

  「二人ともちょっと来てくれるかしら?」

  と言われ、雪蓮と蓮華は冥琳の横に来ると、そのモニターに目をやる。そこには先程の巨大建造物が

 一杯に描かれていた。

  「これは・・・、先程の。」

  「はい、このまま見ていて下さい。」

  そう言って、冥琳はその巨大建造物の絵を指で触れる。すると、建造物はみるみると姿を変え、発射台の

 ような形になる。

  「何これぇ?あれがこんな風に変わっちゃうの!?」

  「恐らく、これがあの建造物の本当の姿・・・。そして重要なのは、この先。」

  そう言って、冥琳はモニターの左下に映る『模擬』という文字に触れる。今度は絵が一瞬で別の絵に変わる。

  「ん?今度は何・・・。」

  「これは大陸の図面ですね。」

  「そう、これは大陸の図面。そしてここ。この赤く点滅しているのがこの要塞を示している。」

  そして冥琳はそのモニターの真下に映る『実行』の文字に触れる。するとこの赤い点滅から赤い矢印が

 伸びて行き、そのまま大陸の呉の真中まで伸びると、そこ矢印の先端が止まる。

  「これは・・・、どういう意味なのかしら?」

  この矢印の意味が理解出来ない蓮華。

  「・・・どうやら、あの建造物。兵器の一種のようです。原理は解かりかねますが、あれを使い、ここから

  孫呉を攻撃しようとしているのです。この矢印はその攻撃の予定軌道なのでしょう。」

  「・・・ここから大陸まで届くの?」

  雪蓮は不思議そうに尋ねる。

  「少なくとも向こうはそれを実行しようとしているようね。」

  「もし、その攻撃が通ってしまった場合、どうなるの?」

  「・・・・・・・・・。」

  蓮華の質問に、冥琳は眉をひそめ、難しい顔のまま黙ってしまう。

  「冥琳・・・?」

  そんな顔をする親友に声を掛ける雪蓮。そして冥琳はモニターの矢印に触れる。すると、その矢印の先端を

 中心に赤い円が大陸の三分の一を覆い尽くす。

  「これが結果です・・・。」

  「・・・あの、冥琳さん?これって・・・、つまりそういう事なのですか?」

  珍しく冥琳にさん付けながら確かめる呆気にとられる顔をする雪蓮。

  「多分、お前が今考えている通りだ、雪蓮・・・。」

  難しい顔のまま雪蓮を見る冥琳。

  「攻撃を・・・許してしまえば、呉の国は跡形も無く焼け野原と・・・化す。」

  「「っ!!!」」

  冥琳の言葉に驚愕する二人。それを外から聞いていた兵士達も慌てふためきだす・・・。

  「何にせよ。このまま黙って攻撃を許せば、取り返しのつかない事なるわ。」

  「何か・・・止める方法は無いの!?」

  「・・・一つだけあるようです。」

  蓮華の問いに、わずかな希望を述べる冥琳。

  「ただ、それにはここではどうする事も出来ない。」

  「どうすればいいの!」

  問い詰める様に聞く雪蓮。冥琳はモニターの右下に映る『制御』の文字に触れる。モニターの絵は一瞬にし

 て別の絵に切り変わる。冥琳はその絵について解説を始める。

  「まず、あの兵器が設置されている場所に向かい、そこにある制御装置のこの台に・・・この制御に

  必要なこの水晶をはめ込む事が出来れば・・・。」

  「攻撃を中止できるのね?」

  と蓮華に聞かれると、冥琳は頷く。

  「ただ、そこへと辿りつく前に向こうの猛烈な抵抗を受ける事になるでしょう。」

  「どっち道やるしかないわよ。でないと、私達の国が焼け野原になってしまう。母様や祭、多くの英兵達が

  眠るあの地をそんな風にさせる訳にはいかない!」

  「そうね。その通りね。」

  雪蓮の決意に当てられ、腹くくったのか、冥琳はモニターに映る六角柱の水晶の絵に触れる。すると

 モニターの右横からそれと全く同じ形の水晶が現れる。冥琳はそれを手に取ると、ぴんと背筋を伸ばす。

  「行きましょう!孫呉の国の未来を守るために!!」

  

  中枢部の部屋から飛び出した雪蓮達は例の兵器を見上げる。既に変形を終え、発射台になっていた。

  「まずいわね、今にも攻撃を始めそうね。」

  「行きましょう!姉様!」

  「そうね!皆、あそこまで駆け登るわよ!気合いを入れなさい!!」

  「「「応ーーーっ!!!」」」

  そして雪蓮達は兵器の元へと向かう。兵器への道はあの土台となる部分に螺旋状に絡みつく形で繋がって

 いた。雪蓮達はその螺旋の道を辿って頂上部へと登って行くこと出来る。

  「雪蓮殿!」

  「雪蓮様!蓮華様!」

  「姉様!!」

  螺旋の道に入る前、雪蓮達の元に愛紗、星、明命、亞紗、小蓮、思春、穏が左右から駆け付け、ようやく

 合流する。

  「あなた達!無事に潜入出来たね!」

  合流して来た彼女達に雪蓮は声を掛ける。

  「蓮華様!よくぞご無事で!!」 

  蓮華の元に一目散に駆け付ける思春。その頬には涙の跡があった・・・。

  「ごめんなさい、思春。あなたに心配をかけてしまって・・・。」

  「いえ・・・、蓮華様がご無事であったのであれば・・・!」

  「お姉ちゃん、どこも怪我していない?」

  と横から心配そうに見る妹。蓮華は大丈夫よと言って頷く。

  「所変わって雪蓮殿、あなた方は何処へと向かわれていた?」

  星は雪蓮に尋ねる。

  「細かい説明は省かしてもらうわ!兎に角、今はあそこまで一気に登らなくては行けないの!」

  そう言って、雪蓮は例の兵器を指差して皆に教える。

  「確かに、見るからに危険そうな匂いがしますからなぁ。」

  「しかし、あそこへ行くとなると当然向こうの抵抗も強くなるというもの。」

  と、愛紗が後付けする。

  「えぇ、でも行かない訳にはいかないのよ!」

  「・・・承知した!では参られようぞ!!」

  そして彼女達は螺旋の道へと駆け昇っていくのであった。だが、そう簡単に行く事が出来るはずもなく。

 上の方から駆け降りて来る敵兵、さらに下から追撃して来る敵兵達、彼女達は前後を挟まれる形になる。

  「はぁあああああっ!!!」

  ブゥオンッ!!!

  ザシュッ!!!

  雪蓮の斬撃が敵を捉え、切り捨てるがそこに立て続けに敵の攻撃が襲いかかる。それを南海覇王で捌き

 返す。

  ガギィイイイッ!!!

  「・・・!さすがにそう簡単には先には進ませてくれないわね!!」

  愚痴を零しながらも雪蓮は南海覇王を振り払う。

  「このままでは拉致が空かない・・・!星、まだやれるな!」

  「さて・・・。後十人ばかり増えたら、ちと厳しいかもしれんな。」

  「ふっ!なら、その十人分は私が蹴散らしてくれよう!」

  ブゥオンッ!!!

  そう言いながら青龍偃月刀を振り払う愛紗。

  「それを聞いて安心した。まだお主もやれるようだな!!」

  ブゥオンッ!!!

  そう言いながら龍牙による突きを放つ星。

  「雪蓮殿!後方から来る連中は我等で食い止めよう!!」

  雪蓮達に向かってそう叫ぶ愛紗。

  「分かったわ!なら、後は・・・!」

  と言って、前方を塞ぐ敵兵達を睨みつける雪蓮。

  「明命!」

  「はい!」

  思春に真名を呼ばれ、二つ返事で返す明命。自分の隊を引き連れ雪蓮の横を抜けていくと

 敵兵達の中に斬り込んでいく。

  「はぁぁああああああっ!!!」

  ブォウンッ!!!

  「へやぁああああああっ!!!」

  ブゥオンッ!!!

  やや強引ではあれ、彼女達の特攻で道が出来る。

  「思春、明命!」

  声を荒げ、二人の真名を叫ぶ蓮華。

  「今です!今のうちに通り抜けてください!!」

  「ここは私達で食い止めておきます!!」

  「あなた達・・・、!!皆行くわよ!」

  雪蓮の声に従い、残された者達は彼女達が作った道を次々と抜けていく。

 道を抜け、先へと向かう彼女達に気付いた敵兵達は彼女達を追撃しようとするが、今度はそこに

 小蓮、亞紗、穏達が立ち塞がる。

  「冥琳様!ここは穏達で何とかしますのでぇ~!」

  と相も変わらずのほほんとした口調で言う穏。

  「頼んだんだからねーーー!!!」

  と最後に小蓮の声が雪蓮達の背中を押す。その声に励まされ、雪蓮達は彼女達を信じ、先を急ぐ事にした。

 

  螺旋の道も中腹を超えた所、やや蓮華が先行する形で先を進んでいた・・・。頂上の兵器が段々と近づき

 その巨大さが身に染みて分かる。とそこに上から敵兵達が飛び降りて来きた。蓮華と雪蓮達の間に割って入る

 形になり、蓮華一人が孤立する形となってしまった。

  「姉様!冥琳!」

  「行きなさい、蓮華!」

  「は、はい!ですが・・・。」

  先を行こうにも自分だけが行っても意味がない。六角柱の水晶が無くてはあの兵器を止める事は出来ない

 のだ。

  「蓮華様!これを!!」

  冥琳は自分が持っていた水晶を蓮華に向かって敵の上の方へと投げる。綺麗な弧を描きながら水晶は蓮華

 の手に受け止められる。それを確認した蓮華は一人頂上へと駆け登って行くのであった。

  「あ~ぁ、美味しい所は全部あの子が持っていっちゃうのか~・・・。」

  「こんな時に何を言うんだ?」

  「いや、ここ最近そんな感じかな~って。」

  「時代が、蓮華様を選びつつあるのだろう・・・。」

  「何それぇ?私は時代遅れだって言うのぉ?」

  「隠居しようと思っているのなら、丁度良いのではないかしら?」

  「う~ん・・・、そうだけど。何かこう・・・納得がいかない!」

  「・・・・・・ふぅ。」

  

  蓮華一人、水晶をに握り締めながら螺旋の道を登り続ける。頂上まであともう一息という所で、彼女は

 立ち止まってしまう。何故なら、彼女を待っていた様に壁にもたれ掛かる女渦が彼女の目の前にいたから

 である。

  「何処に行く気なんだい?」

  壁にもたれ掛かるのを止めると、道の真ん中へと移動する女渦。蓮華は後ろに後ずさりする。

  「最も・・・、この道の先にあるのは・・・たった一つだけど、さ。」

  一歩一歩蓮華に歩み寄って行く女渦。蓮華はそれに合わせて一歩一歩後ろに下がって行く。

 女渦はおもむろに手を蓮華に差し伸べる。

  「君のその手にある物、僕に渡してくれないかな。それは・・・、君が持っているべきでは無い。」

  「断る!これは・・・あなたに渡しはしない!貴様の思い通りには・・・絶対にさせないぞ!」

  「・・・そう。なら、君は僕にその手ごと渡す事になるね!」

  「・・・・・・!」

  女渦は蓮華に確実に近づいて行く・・・。その瞬間、蓮華の横を風が通り抜けて行く。

  ブゥオンッ!!!

  斬撃の音と共に、女渦は蓮華から一気に離れる。そして二人の間に割って入る様に、そこに現れたのは

 朱染めの剣士であった。

  「ふむぅ!やっぱり彼女の危機には必ず駆け付けるみたいだねぇ~、一刀君・・・!」

  女渦の言葉に耳を傾けず、朱染めの剣士は後ろにいる蓮華に目をやる。

  「奴は俺が、君は早く先を・・・!」

  「えぇ・・・!」

  先に朱染めの剣士が仕掛ける。女渦の気を引きつけるために攻撃する。女渦はまるでそれに乗るかのよう

 に朱染めの剣士の攻撃をかわし、彼に反撃を放っていく。

  「フンッ!!」

  女渦の右手が朱染めの剣士の喉を襲うが、それを器用に仰け反って避けるとその体勢から上半身を捻り、

 その流れに乗せるように、斬撃を放つ。

  ブゥオンッ!!!

  「みえみえだよ♪」

  そう言いながら、女渦は後ろに宙返りを決め、距離を取る。その時後ろを見ると、蓮華の後ろ姿が見える。

 彼に注意が向いていたせいで、蓮華に先を行かせる隙を与えてしまったのだ。が、女渦は別段、焦るわけでも

 なく、蓮華を見送る。

  「よくよく考えてみるとさ、孫権ちゃんも哀れだよね。君にその心を利用されてさ。」

  「・・・・・・?」

  蓮華を見送りながら、女渦は朱染めの剣士に話しかける。

  「彼女はさ、君は自分達のために戦ってくれているんだって、そう思っているんだよ。当の本人はそんな

  事、身塵も思っていないのにねぇえええ!」

  「・・・・・・。」

  視線を朱染めの剣士に向ける女渦。

  「そうだろ、一刀君!?この外史の孫権ちゃん達を守って来たのは・・・、昔の、無力だった自分への

  言い分けのためなんだろぉううう!!」

  「・・・・・・っ!」

  「あの時の自分は力が無かった!だから、雪蓮と蓮華を守る事が出来なかったんだ、ってねぇえええ!!!

  あはははははっははははははははは!!!結局は君も自分が可愛いんだ!自分が傷つくのが怖いんだ!

  ははははははっはあはははははははあはあははははははははっ!!!」 

  「・・・女渦・・・!」

  女渦の言葉に、ふるふると体を震わせ、歯軋りを立てる朱染めの剣士。

  「そんな君の本心を知ったら、あの子はどう思うかな?えぇ!一刀くぅううん!!!」

  叫びながら女渦は朱染めの剣士に飛びかかって来る。女渦の左手、右手が交互に朱染めの剣士に襲いかかる。

 手の動きを見極めながら、最小の動きで確実に避けていく。

  「はっははぁあああああっ!!!」

  女渦の右手が地面すれすれの所から一気に朱染めの剣士に向かっていく。

  ザシュッ!!!

  ぎりぎりの所でそれを避けるものの、右太腿を軽く抉られてしまたせいで、右膝がガクッと曲がり体勢を

 崩してしまう。チャンスと言わんばかりに、彼から距離を取った女渦は左親指と左中指を使ってパチンと

 鳴らす。すると、女渦の背後から剣、槍、戟といった武器が朱染めの剣士にその切っ先を向かって飛んでいく。

  「くッ!!」

  体勢を整えようとするが、その前に刃の雨が襲いかかって来る。朱染めの剣士は、咄嗟に左手に南海覇王を

 取ると、刃の雨を左右の手に握られる剣で叩き落とす。

  ザシュッ!!!

  だが飛んでくる切っ先をを叩き落とすにも限界がある。彼の剣の防御を潜り抜けた剣が彼の左上腕を。

  ザシュッ!!!

  次に戟が彼の右肩をかすめる。

  ザシュッ!!!

  次に剣が彼の左脇下をかすめる。

  「・・・・・・。」

  このままでは拉致が空かない、朱染めの剣士は右膝に力を込め強引に立ち上がると、敢えて刃の雨へと

 突っ込んでいく。剣の防御を止めた朱染めの剣士はそのまま女渦の元へと駆け寄って行く。

  ザシュッ!!!

  彼の右胸に剣が突き刺さり・・・。

  ザシュッ!!!

  さらに右腹部に突き刺さる。だが、それでも歩みを止めない。

  「捨て身の覚悟だねぇえええ!」

  自分に近づいてくる彼に、女渦は右手を伸ばしていくが、彼は下半身を使って身を屈める事でそれを避け、

 そこから女渦の懐へと入り込む。

  「おっと!」

  女渦は咄嗟に左手で自分の胸を触る。

  

  ポンッ!!!

 

  その瞬間、女渦の姿が消える。女渦の異能の力は物質の移動で、その効果は彼の手に触れる事で発動する。

 だが、その能力も、左手、右手で若干異なる。左手で触った物質は物質そのものごと何処かへと飛ばす事が

 出来る。それは大小問わず、如何なものでもその対象となる。一方、右手で触った物質はその右手が触れた

 部分のみを何処かに飛ばす事が出来る。極端に言えば、左手は物質そのものを、右手は物質の、その右手が触れて

 いる一部分を瞬間的に何処かに移動させる事が出来るのである。

  今、女渦は左手で自分を触れた事で自身を瞬間的に別の場所へと移動させたのである。

 そして女渦は朱染めの剣士の背後に現れ、左手を彼の背中へと伸ばしていく。

  「・・・ッ!」

  だが、それを本能的に感じ取ったのか。朱染めの剣士は体を右にずらし、そして女渦の左腕を左脇で

 がっちりと挟みこむ。

  「ッ!?」

  これには女渦も予想外の展開だったか、目を丸くする。そして朱染めの剣士は右手に握られた片刃の剣で

 女渦の左手首を・・・、斬り落とした。

  ザシュッ!!!

  女渦の左腕を解放すると、朱染めの剣士は女渦から距離をとって離れ、正面を向く。体に突き刺さった剣を

 二本引き抜きながら、女渦の様子を窺う。

  「・・・・・・。」

  女渦は左手を失った左腕をポカンとした顔で見る。

 そして朱染めの剣士の手には女渦の切り取られた左手が握られていた。

  「これで、お前は翼をもがれた鳥、もう何処へも行く事は、出来ない!」

  そう言って、朱染めの剣士は女渦の左手を要塞の外へと投げ捨てる。左手は要塞の外壁を転がり落ち、

 海の中へと消えていった・・・。

  「・・・ふふっ、うふふふふふふふふうふ・・・!!一刀君、君はぁ・・・!君って奴はぁ!!

  どうしてこうも僕を喜ばしてくれるのかなぁああああああッ!!」

  ポカンと呆けていたはずの女渦は、突然喜びに満ちた表情へと一変させる。

  「翼をもがれた鳥だってぇえええ!あっははははっはははは!!!上手い事言うじゃないかぁあああ!

  でも僕は翼をもがれたくらいでどうにかなると思ったら大間違いだよ!!一刀君ッ!!」

  女渦の目はすでに常軌を逸した狂気に満ち足りているのが、朱染めの剣士にも理解出来、思わず悪寒が全身

 を駆け巡る・・・。

  「どちらにせよ、お前はもうお終いだ。彼女を先へ行かせてしまった時点で、お前の計画は水泡と化する。」

  そう言って、朱染めの剣士は南海覇王をの切っ先を女渦に向ける。

  「計画・・・?ふふ・・・、一刀君、君はひょっとして僕の立てた計画が駄目になると思っているの?

  孫権ちゃんを先に行かせたから、僕の計画が駄目になると・・・そう思っているの?」

  「・・・・・・?」

  女渦が言わんとしている事が理解出来ない朱染めの剣士。

  「だとしたら、見当違いだよ。僕から言わせれば、彼女を先に行かせた時点で・・・僕の計画は成功して

  いるんだよ♪」

  女渦はその狂気の目で分かっていない朱染めの剣士に何かを伝えようとしている。その目の瞳の中に女渦の

 思惑を見たように、朱染めの剣士はハッと右目を見開く。

  「・・・・・・ッ!?まさか、貴様は!!」

  「さっすが、一刀君!賢いねぇ~!もう少し早く気付いていれば、まだ間にあったかもれないけど・・・。」

  「ちッ・・・!!」

  舌打ちをしながら、朱染めの剣士は上の螺旋の道へと次々と飛び移る。その頂上にいる蓮華の元へと急ぎ

 駆け付けようと。彼を追いかける様に、女渦も上の螺旋の道へと彼同様に飛び移る。

  「あっはあははははははは!!どこに行こうっていうんだい!?もう遅いんだよ!何もかも・・・!

  あの時のようね~~~!!はははははははははあっはあはははははははははははッ!!!」

 

  「はぁ・・・、はぁ・・・、はぁ・・・、着いた。」

  大量破壊兵器が設置される頂上部に辿り着いた蓮華。彼女の目に巨大な兵器の姿が入り込んでくる。

 呆気に取られながらも彼女は急ぎ、制御装置を探すために周囲を見渡すと、兵器から少し離れた所に

 ポツンと立っている腰ぐらいの高さの台を見つけ、そこに近づいて行く。

  「・・・あった。これね・・・。」

  蓮華はその手に持つ六角柱の水晶がはめ込めそうなくぼみを見つける。

  「これで、この兵器を止める事が出来る・・・!」

  蓮華はその水晶をそのくぼみに入る様に、はめ込んでいく・・・。

  「止せ!それをはめてはいけない!それは・・・!」

  螺旋の道を上へ上へと飛び移って、頂上に辿り着いた朱染めの剣士は蓮華に駆けながらそう叫ぶが、

 時すでに遅しであった。

  「え・・・?」

  彼の叫びに、後ろを振り返る蓮華。その手にあった水晶はすでにくぼみにはめ込まれていた・・・。

 はめ込まれてから数秒後、その水晶の中を光の線が右から左へと数本、途中で直角に折れ曲がりながら伸びて

 いく。そして、水晶をはめ込んだ台はそのまま下に沈んでいき、完全に沈むとそこはただの四角の穴が残るが

 横からシャッターが現れ、閉じてしまった。

 

  『制御装置の接続を確認しました。これより、発射最終段階に入ります。百八十秒の秒読み後と同時に発射

  します。発射の際の衝撃に備え、砲台から退避して下さい。繰り返します。制御装置の接続を確認しました。

  これより、発射最終段階に・・・。』

 

  突然、要塞内に女性の声でアナウンスが流れる・・・。繰り返しアナウンスが終了すると、今度は百八十、

 百七十九・・・、と秒読みを開始するのであった。

  「・・・?・・・な、何が、起きているの?」

  現状を把握出来ず、辺りをくるくると見渡す蓮華。

  「ありがとう、孫権ちゃん。僕の代わりに制御装置の接続をしてくれて。」

  朱染めの剣士の背後から現れた女渦が蓮華に向かって、嬉しそうに語りかける。

  「本当なら、僕がやる所だったんだけど、一刀君にそれを邪魔されちゃって・・・。でも、君が代わりに

  やってくれたから、180秒後には大陸の3分の1は焼け野原になるよ。」

  「私は・・・、この兵器の発射を止めたはずなのに・・・。」

  「止める・・・?何を言っているのさ?何でそんなモノが必要なの?」

  「途中で止める必要なんて、どこにあるって言うんだい?僕はね・・・、この外史を駄目にしたいの、

  分かる?これが一発でも撃てば、たくさんの人達が怒り、憎しみ、悲しみ、絶望するんだよ。

  それって、とっても素晴らしい事だと思わない?」

  「狂ってるわ・・・、あなた。」

  「そう?僕から言わせれば、君達も相当狂っていると思うよ?・・・だって、自分の国を、自分で滅ぼそ

  うとしているんだもんねぇえええッ!!」

  「・・・・・・っ!」

  女渦の言葉に蓮華は口を開いたまま一気に青ざめる。気を失いそうになるのを寸前で堪えているのが見て

 分かる。そんな彼女を見て、女渦は高らかに発狂してしまったかのような笑いを上げる・・・。

  「あはあっはははははははははっはあはははは!!!そう!それだよ!その顔だよ!僕が見たいのは!!

  その一瞬にして絶望に落ちて行く・・・今の君のその表情なんだよぉおおおッ!!あっはははははははは

  あはあははははははははははっはははははははあはははっはあっはははははははっはははははははッ!!!」

  「女渦・・・。貴様は・・・、貴様と言う、男はぁぁあああああッ!!!」

  声に怒りを込め、朱染めの剣士は女渦に剣を振り上げながら飛びかかる。それに気づいた女渦は彼に正面を

 向ける。

  「いいねぇ一刀君!、凄くいいよぉ!その怒った顔!!いつ見ても、ぞくぞくしちゃうよぉおおおッ!!」

  ブォウンッ!!!  

  朱染めの剣士が放った南海覇王の斬撃を難なく避ける女渦に、さらにもう一方の片刃の剣による横薙ぎに

 怒りを込めて放つ。

  ブォウンッ!!!

  だがその横薙ぎの一撃を女渦は後ろに仰け反る事でかわし、さりげなく右手を振り上げる。

  ザシュッ!!!

  女渦の右手は朱染めの剣士の右手を切り落とす。

  「・・・ッ!」

  さらにそのまま彼の右目を人差し指で貫く。

  ドシュッ!!!

  「・・・ぬぐっ!?」

  思わず右手で右目を押さえようとするが、肝心の右手はそこには無く、あの切りとられた右手は片刃剣を

 握ったまま要塞の外へと落ち、海の中へと消えていく。そして朱染めの剣士は右目を潰され、完全に視界を

 失う。そんな彼に女渦は容赦なく追い撃ちを掛ける。

  ザシュゥウウウウウッ!!!

  「ごほ・・・!?」

  女渦は彼の胸を右手で刺し貫き、その右手は背中、学生服をも貫いた。

  「あっは、あははははははははははは!!!一刀君の心の臓を抉っちゃったぁ♪ああ、でも死人じゃ

  あまり意味は無い・・・か?」

  「ぐ・・・、がぁ・・・っ!?!?」

  女渦は朱染めの剣士の心臓を刺し貫いたその右腕を勢いよく引き抜くと、そこはぽっかりと綺麗な穴が残る。

 そして支えを失った様に、彼の体は女渦の横をすり抜け、倒れた・・・。

  ドサァッ!!!

  うつ伏せに倒れた朱染めの剣士の体はまるで死体の様に、ぴくりとも動かなくなる・・・。

  「あれ・・・?ひょっとして、死んじゃ・・・いや、すでに死んでいるんだから、死に返っちゃった?

  何だ・・・、ちょっと遊びが過ぎちゃったみたいだ。

  つまんないな~・・・。」

  玩具を壊した子供の様に、女渦は朱染めの剣士に興味を失くす。

  「どうせ死ぬなら、皆が絶望する所を見てからにして欲しかったのに・・・。」

  興醒めした様に、淡々と喋る女渦。

  「いや・・・、・・・いや・・・、いや・・・、いや・・・、嫌ぁぁぁああああああああああああああ

  あああああああああああああああああああっ!!!」

  頂上部から、蓮華の悲痛の叫びが響き渡る。無情にも秒読みは百二十を切っていた・・・。

 

  「蓮華さまぁああああああああっ!!!」

  とそこに遅れてやって来たのは、意外にも思春だった。蓮華の叫びに反応してか、周りに目をくれず

 雪蓮、冥琳達よりも先に駆けつけたのであった。そして彼女の目に映る光景。女渦の横でうつ伏せに倒れる

 朱染めの剣士とその向こうで子供の様にしゃがみ込んで泣きじゃくっている蓮華。思春の鈴音を握る手が

 震える。

  「思春!蓮華は・・・!」

  その後ろから雪蓮達が丁度追いついた時であった。

  「貴ぃい様ぁああああああああああああああああああああっ!!!」

  思春は女渦に向かって一人飛び出していく。

  「待ちなさい、思春!一人で飛び出すんじゃないわ!!」

  だが、雪蓮の静止の言葉は頭に血が上り、冷静さを欠いた彼女の耳に届く事はずもなく、思春は鈴音で

 女渦の背後を捉え、斬りかかった。

  ブゥオンッ!!!

  だが、その斬撃は女渦に届くより先に、女渦の左腕が彼女の延髄部分を捉えた。

  「良かったね、左手が無くて。彼に感謝しなよ。」

  そう言って、思春の背中に後ろ回し蹴りを叩き込む。

  ドガァアッ!!!

  女渦の蹴りを背中にまとも受けた思春は受け身を取る間もなく、地面に叩きつけられ、蓮華の手前まで

 勢いよく転がっていく。その際に、後ろに束ねられていた髪がほどけ、長髪が露わになる。

  「ぐぁ・・・っ!?」

  口から血反吐を吐く思春。肺に衝撃が伝わり、呼吸もままならない様子が見て分かる。

  「思春っ!!」

  思春の傍に蓮華が涙ながらに駆け寄って行く。

  「嘘・・・、あの思春が相手にならないなんて・・・。」

  唖然とする小蓮がそう呟く。そして秒読みは六十秒を切った・・・。

 女渦は朱染めの剣士から離れ、蓮華達の方に近づいて行く。

  「さてぇ・・・、後六十秒を切ったね。全てが終わった後、君達はどんな顔をするのかな?

  ふふっ・・・、あはあっはははははははははははあっはははははあははははははッ!!!」

  鈴音を杖代わりに体を起こす思春。息が上がり、肩で呼吸をしながら、女渦を睨みつけるが、

 今のあの男にそんな事をした所で意味もない。思春は女渦の後ろで倒れている朱染めの剣士に睨みつけた。

 

  「立て!北郷一刀!貴様が戦い続けて来たのは、全てはこの時のためではなかったのか!?

  蓮華様達の無念を晴らすためでは無かったのか!!それが何だ!!情けないと思わんのか!?

  立て!立って、あの男に貴様の怒りを叩きつけろ!!」

 

―――北郷。蓮華様のことを頼む。

 

  ・・・すまない、思春。俺は・・・蓮華を守れなかった・・・。

 

  「あなたの事は蓮華から聞いたわ!あなたも孫呉の人間であるといのなら!

  その誇りを奮い立たせなさい!!今ここで戦わずして、いつ戦うというのっ!!」

  思春に続かんと、雪蓮も彼に激励の言葉を放つ。これは他の彼女達にも伝播していった・・・。

 

―――さよ、なら・・・かず、と・・・あなたにあえて―――

 

  ・・・雪蓮。君は・・・最後に何を・・・言おうとしたんだ?

 

  「北郷一刀!お前は・・・祭殿の屍を踏み超え、ここにいるのだ!!お前はあの御方の思いまでも

  無駄にする気なのか!?立て!祭殿の思いを無駄にするな!!」

 

―――蓮華様を頼むぞ・・・。

 

  冥琳・・・、最後に君が遺した約束・・・、俺は、守れなかった・・・。

 

  「一刀ーーーっ!!!そんな奴、さっさとやっつけなさいよ!!でないと、でないと何もかもお終いに

  なっちゃうじゃない!!!」

 

―――お土産なんていらないの。一刀のこの腕はシャオを抱えててくれればいいんだもん。

 

  シャオ・・・もう、この腕で抱えてやれない・・・。

 

  「孫呉の誇りを!」

 

―――その時その時・・・その時の『今』ばかり考えていたんだと思います。でも今は・・・少し先を

  見られるようになったのかもしれません。

  

  明命・・・俺は、君からその未来(さき)を奪ってしまった・・・。

 

  「この国の未来を!」

 

―――私の助力などはほんの少しです。知識を血肉に変えるのは、これからの努力次第ですよぉ~。

 

  穏、色んな事を教えてくれた・・・。でも俺は、何一つ活かせていない・・・。

 

  「人々の未来を!」

 

―――当たり前です!私にとって、呉にとって、一刀様は天からいらした尊い御方。憧れこそすれ、嫌う

  だなんてそんなことあるはずがありませんっ!

 

  亞紗・・・!俺は・・・、俺は!君が思うような尊い人間なんかでは・・・ないっ!

 

  「立って!立ちあがって!お願い・・・、・・・一刀ぉぉぉおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

  ・・・れ・・・ん・・・ふぁ・・・?

 

―――お前は剣をとる必要などないのだ。ただ、誰より近くで私の行いを見ていて欲しいのだ。

 

  ・・・れん、ふぁ・・・?

 

―――過ちがあれば正して欲しい。私がお前に頼むのは、そういう・・・他の誰にも任せる事の出来ない

  役割だ。

 

  でも・・・、君はもういない。そう言った君は、もう何処にもいないんだッ!

 

―――・・・ずっと、一緒よ。いつだって、あなたの傍に・・・。

 

  ・・・・・・・・・。

 

  朱染めの剣士の今まで閉じられていた左目が突然見開かれる。だがその目は血に染まったように赤く

 人間の目とは大凡異なるものであった。

  「れんふぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

  あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」

  倒れていたはずの朱染めの剣士が、最後に見た愛しい彼女の真名を叫ぶと同時に、彼の周囲に風が発生、

 彼を中心に風が集約していき、上昇気流が発生する。

  「へ・・・?」

  これには女渦も呆気に取られ、背後で倒れている朱染めの剣士から目が離せなくなっていた・・・。

 そして、上昇気流の力を借りる様に、ゆっくりとその体を起き上がらせていく朱染めの剣士。その左目は

 赤く鈍い輝きを放ち、新たな現象を引き起こす。

  要塞・霊亀内、そして外の呉の船団、海の上に存在する、呉の兵士の死体、女渦の兵士の死体、それら

 関係なく次々とその体は黒い文字へと変化し、朱染めの剣士の方に一列に並んで順序良く飛んでいく。

  「きゃああああああああああっ!!」

  「小蓮さまぁあああっ!!!」

  吹き飛ばされそうになる小蓮の手を明命が掴む。

  「くぅ!な、何が起きているの!?」

  雪蓮達は突然発生した突風に吹き飛ばされない様にするのが精一杯であった。

 そんな雪蓮の横を黒い文字達が通り抜けていく。

  「・・・これは!?」

  雪蓮はその文字を目で追いかける。その文字達を彼女は知っている。あの時、祭の体も死に際にこんな

 黒い文字に変えて、跡形も無く消えてしまった。だが今回はその文字達が朱染めの剣士の体に取り込まれて

 行く・・・。あらゆる方向から飛んでくる文字達を取り込んでいく朱染めの剣士・・・、彼の体は次第に青

 白い光に覆われる。

  「・・・ああ、そうか。そこに埋め込めれていたのか!無くなった左目の代わりにそこに埋め込んで

  いたのか!!あっはははあはははぁああ、どうりでまだ動けるのか!!」

  先程まで、あんなに冷め切っていたはずの女渦が打って変った様に、彼に興味を示す。

 朱染めの剣士は左手に握られた南海覇王を空に高く掲げる。すると、彼を覆っていた光が空高く昇っていく。

 光の柱・・・、いやそれは光の剣と言うべきだろう。

 

  「でぇぇええええええええええええやああああああああああああーーーーーーーッ!!!!!!」

  朱染めの剣士はその光の剣を前に振り下ろす。

  ブゥオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!

  ザシュウウウウウウウウウッ!!!

  「ぬぅおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?!?!?!?!?」

  光の剣で女渦の右肩に振り落とされるが、彼は狙ったのはその先、後三十秒足らずで呉を滅ぼそうとする

 悪魔の兵器だった。

  「確かに・・・、お前は、俺から多くのものを奪っていった・・・。だが、たった一つだけ奪えなかった

  ものがある・・・。」

  光の剣を振り下ろしながら、朱染めの剣士は女渦に話しかける。

  「俺の・・・記憶、だ。」

  彼の南海覇王を握る手に力が入る。

  「俺が、彼女達と、あの日々を、過ごしてきた・・・、あの記憶は今も俺の中にあり・・・、その記憶の

  中で・・・、彼女達は生き続けている!!・・・俺は、空っぽではない。俺は蓮華達の想いで満たされて

  いる・・・!そして、それを・・・。」

  そして右手を失った右腕で左腕を支える。

  「お前は奪う事は出来ない・・・!俺を殺しても、絶対に・・・奪う事は出来ないっ!!!」

  右腕を使って左腕を下に落とす・・・。

  「これで・・・、全ての決着をつけるッ!!!」

  そう言った途端、光の剣がさらに太くなる。

  「ちぇぇぇえええああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!」

  ブゥオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!

  朱染めの剣士の叫びと共に、悪魔の兵器は光の剣によって真っ二つに叩き斬られ、さらに要塞・霊亀の半分をも

 その光の剣は叩き斬ってしまった。

 

  ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッッ!!!

 

  その瞬間、霊亀が鳴く。そして至る所で爆発が起こり、その度に体の半分を斬られてしまった霊亀が揺れる。

 いつの間にか風は止み、光の剣は中央へと収束し消えると、同時に朱染めの剣士を覆っていた光も消えていた。

  「・・・・・・・・・。」

  そして彼はふらふらと体を左右に揺らしながら、全ての元凶の元へと歩み寄っていく。

 その元凶である女渦は先程の攻撃で右肩から先を失い、結果完全に両方の羽をもがれた鳥となっていた。

 朱染めの剣士は女渦を自分の間合いに置き、真正面に対峙する。

  「・・・・・・・・・。」

  彼の左目が女渦を捉える。そして、女渦もまた彼を捉え、力無く笑い始める・・・。

  「あ・・・、あは、あはあははははは・・・!・・・一刀くぅん、君は・・・ぁ、これで、・・・ぁあ満足・・・かい?」

  ザシュッ!!!

  一刀の一振りが、女渦を首を捉え、そして跳ね飛ばす。首から上を失った体は糸が切れた操り人形の様に

 崩れ去る様に倒れる。そして頭部、体共に跡形も無く弾け飛び、黒い文字の破片と姿を変え周囲に散らばり、

 そしてその文字達は宙に舞った火花のように宙に消えていった・・・。

  「・・・終わったか。」

  全てを見届けた思春がそう呟く。

  「・・・えぇ、終わったわ。」

  と続けてそう呟く蓮華・・・。

  ドゴォォオオオンッ!!!

  二人の背後の方から爆発音と黒い煙が上がる。

  「まずいわね、何か凄い嫌な予感!早くここから脱出した方が良さそうね。」

  直感的に危機を感じ取る雪蓮。

  「それが妥当だろうだろうな。皆の者、急ぎこの要塞から脱出するぞ!!」

  冥琳は急ぎ脱出の指示を他の者達に出す。

  「・・・立てるか?」

  朱染めの剣士は思春に手を伸ばす。

  「・・・足取りのなっていない者の手を借りる程では無い。」

  そう言って、思春は一人で立ち上がると一人で歩き出す。

  「・・・ごめんなさい。」

  臣下の態度に代わりに謝る蓮華。

  「彼女が、そういう人間だという事は、分かっている。」

  そう言って、蓮華達共々螺旋の道を辿って下へと降りて行く朱染めの剣士。

 

  「皆さん!ご無事でしたか!」

  螺旋の道を降りた先にいたのは紫苑だった。

  「紫苑!どうしてお前がここに!?」

  意外な人物の出迎えに愛紗はここにいる理由を尋ねる。

  「すでに敵兵達も撤退したようで。中で何があったかは存じませんが、今この要塞の左半分が沈み

  かけています!」

  「成程、さきほどから妙に体の感覚がおかしいと思っていたが、傾いておるのか・・・。」

  紫苑の説明を聞き、うんうんと頷く星。

  「既に左側の船団も右側に寄せています!雪蓮さん達もこちらから脱出して下さい!」

  「ありがとう紫苑・・・!皆聞いての通りよ!紫苑の誘導をしてくれるから脱出するわよ!」

  一方、遅れて螺旋の道から降りて来た蓮華、思春、朱染めの剣士。

  「大丈夫、思春?」

  「申し訳ありません、蓮華・・・。」

  「言わないで、困った時はお互い様でしょ?」

  蓮華の肩を借りながら、脇を押さえて歩く思春。どうやら先程受けた女渦の攻撃で脇を痛めてしまった

 ようだ・・・。

  「「孫権様!!甘寧将軍!!」」

  と、そこに二人の兵士が駆け寄ってくる。

  「済まない、お前達!どうやら思春は脇を強く打ったみたいなの。」

  「分かりました!では甘寧将軍は我々で!」

  「頼む・・・。」

  そう言って、蓮華は思春を兵士に託す。思春は担架らしきもので運ばれ、一足先に要塞の外へと運び

 出される。その間、思春は蓮華と朱染めの剣士から目を逸らす事は無かった・・・。

  

  ドゴォオオンッ!!!

  「きゃあっ!?」

  突然の爆発で上から瓦礫が蓮華に落ちて来る。

  「蓮華っ!!」

  その瓦礫から彼女を守る朱染めの剣士。

  ドゴォオオンッ!!!

  間一髪の所で彼に助けられる蓮華。

  「・・・また、あなたに助けられたわ。」

  「・・・本当なら・・・。」

  「・・・?」

  「・・・本当なら、俺が助けたかったのは・・・、こんな風に助けたかったのは・・・、

  君じゃないんだ。」

  「・・・分かっているわ。」

  「・・・・・・・・・。」

  「私は・・・、あなたの愛した、蓮華では無いのだから・・・。」

  「・・・・・・。」

  「あなたを見ていて・・・、あなたがどれだけ、もう一人の私を大切に想っているのかが

  ・・・不思議と、分かるの。・・・だからなのかしら。私は・・・、きっとあなたを・・・。」

  蓮華が何かを言いかけようとした瞬間、朱染めの剣士は彼女を抱き締める。突然の介抱に蓮華は顔を赤く

 する。  

  「あの時・・・君の声が、忘れてはいけない事を・・・、思い出させてくれた。・・・ありがとう。」

  彼女の耳に囁くように話しかける朱染めの剣士。

  「そして、さよなら・・・。俺が愛した・・・もう一人の、蓮華・・・。」

  「・・・・・・え。」

  さよならと言って離れていく彼に、面喰った顔をする蓮華。朱染めの剣士は振り返る事無く、皆が脱出

 する反対の方向へと、つたない足取りで歩いて行くのであった・・・。

  「・・・!ま、待って!何処に行くの!?そっちはちが・・・!」

  彼に手を伸ばそうとする蓮華。だが後ろから両肩を抱き止められ、それ以上伸ばす事が出来ない。蓮華は

 後ろを振り返ると、そこには雪蓮がいた。

  「姉様・・・。」

  雪蓮は蓮華に無言で首を横に振る。

  「・・・どうしてですか!?」

  どうして彼を行かせるのですかと、姉を追及する蓮華。

  「彼は・・・、あなたに自分の最後を見せたくないのよ・・・。」

  「え・・・?」

  姉の言葉が理解出来ないと言う顔をする蓮華。

  「前に、干吉が彼の事を話していたでしょう・・・。覚えている?」

  と言われ、蓮華は干吉の話を思い返す。

  「・・・干吉が彼を運び出した時、彼はすでに死体だった。干吉は彼の体に無双玉とか言うものを

  埋め込む事で、一時的な生を与えた。」

  「それが一体・・・!?」

  「無双玉の力は有限。つまりその力を使い切った時・・・、彼は・・・。」

  その先は、あまりにも辛い現実であり、雪蓮は何も言えなくなってしまう・・・。

 つまり、そういう事である。無双玉に蓄積された情報を力に変換して仮の生を得ていた朱染めの剣士。

 もし、無双玉に蓄積されていた情報が底を尽けば・・・。ここまで言えば、子供でも分かる事である。

  「・・・っ!!!」

  蓮華もう一度彼の姿を追う。そう、彼は再び自分が死に返る事を悟った。だからその最後を蓮華に

 見せたくないがために、彼女の元を離れたのだった。

  「そんな・・・、そんなぁ・・・!・・・そんなの・・・。」

  項垂れる蓮華。そんな彼女の目に、鞘に入った南海覇王が映る。彼が置いて行ったものだろう。

 蓮華は涙ぐみながら、それを胸の中に抱きかかえ、再び彼の姿を捉える。

  「――――っ!!!」

  ドゴォオオオオオンッ!!!

  蓮華が何かを叫ぼうとした瞬間、大きな爆発音と共に上から壊れた悪魔の兵器の先端が、朱染めの剣士と

 蓮華を切り裂く様に落ちて来た。壊れた兵器が落ちて来たせいで、向こうが見えなくなる。そして彼の姿さえ。

  「・・・!一刀ぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

  もう一度同じ事を叫ぶ蓮華・・・。だが、そんな彼女の叫びなど、もう彼に届きはしなかった・・・。

 

―――後の事は・・・、任せても大丈夫じゃな・・・。た、のんだぞ・・・、さく、どのと・・・、

  れん、ふぁ・・・、さま・・・を・・・。

 

  何処へと向かう訳でもなく、体を左右にふらつかせながら、ただ足を前へと進める朱染めの剣士。

  「・・・これ、で、いい・・・。これで・・・いいんだ。後の、ことは・・・この外史の俺が・・・、

  俺の役目は、・・・終わった。」

  朱染めの剣士の足から力が消え、足取りがもつれてしまう。体勢を崩した剣士は壁にもたれかかると、

 ずるずると滑り落ち、その場にしゃがみ込んでしまい、その場から身動きが出来なくなってしまう。

 自分の限界を悟った彼の表情は不思議と穏やかで、満面の笑みに満ち足りていた・・・。

  「蓮華・・・、終わったよぉ・・・。」

  その瞬間、朱染めの剣士は北郷一刀に戻った・・・。

 

  ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッッ!!!

 

  鉄が軋む轟音が、まるで鳴いている様に聞こえる・・・。ただの鉄くずと化した霊亀は自重に耐えられず、

 夕日と共に海の底へと沈んでいった、彼を乗せたまま・・・。

 

  その後、霊亀が沈んだ周辺にて、彼が身に纏っていたとされる学生服が発見される。その学生服は太陽の

 光を反射しきらきらと白く輝く、本来の姿を取り戻していた。

 

  これは夢か現(うつつ)か・・・、誰かの記憶の中なのか・・・。

  「一刀・・・!一刀ぉっ!何処にいるの?」

  「・・・ここだよ、蓮華。」

  「一刀!今日は午後から軍議だって、朝言ったじゃ・・・!」

  「しーーーっ!声が大きいよ・・・。目を覚ましたらどうするんだ?」

  「・・・?・・・ぁ。」

  彼女の目に飛び込んできたのは、木影で休んでいる彼と彼の腕、太腿、背中、腹、と彼の体を枕代わり

 にして、寝息を立てながら寝ている彼の娘達の姿であった・・・。

  「遊び疲れてしまったんだろうな。木影で少し休んでいたら、皆眠ってしまって・・・。」

  「動こうに動けないと・・・?」

  「・・・、気持ちよく寝ているのに、起こしてしまうのがかわいそうに思ってしまって・・・。」

  「・・・全く、あなたという人は。」

  そんな彼に呆れながら、彼女はゆっくりとしゃがむと、彼の子供達の寝顔を一人一人見て行く。

  「でも、本当・・・、皆とてもいい寝顔。この世の幸せ全部を独り占めにしているようだわ。」

  「・・・だろ?」

  「ずっと、続けばいいのに・・・。こうやって皆と、ずっと一緒に、この国で、こんな平凡な日々が。」

  「何を言っているんだ・・・ずっと、一緒だよ。俺達はいつだって・・・。」

  そう言って、彼は彼女の手をとる。

  「だから、この手は絶対に離さない。」

  「・・・えぇ。そうね、一刀・・・。」

  そう言って、二人は互いに手を取り握り合う・・・。その幸せが、ここにある事を確かめ合う様に。

 

  「う、う~ん・・・。」

  俺の顔に光が差し込む。その光が、俺に朝が来た事を鮮明に教える。

 俺は上半身を起こし、背中をピンと反り返るくらいに伸ばすと、勝手に喉の奥から欠伸が出て来た。

  「・・・ん?」

  目を擦った時、それに気付く。 

  「あれ・・?俺、何で泣いているんだ?」

  両方の目から涙が流れていた事に・・・。それは欠伸のせいで出たものとは明らかに違う・・・。

 何か悲しい夢でも見たのかな・・・?

  「・・・って、いけない!早く着替えないと・・・、華琳に叱られてしまう。」

  俺は涙を寝巻の袖で拭うと急いで、寝巻きから通常着に着替える。今日はいよいよ、涼州へと

 向かう・・・。決着をつける為に!

 


 
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