私は、とりあえず思いつくまま小説を書き続けていた。
もちろん、これが小説と呼ぶに値するのかどうかは分からないのだが。
『お昼休みが終わり、私は友人達としゃべっていた。主な話題は、
なぜか私の事についてだった』
そのまんまでいいのかなぁ…なんか、ますますプライバシーを切り売りしてる気がして来た…
「ふぅ…」
ちょっと鉛筆を置いて一段落…
「ん、倉橋さん休憩?」
「まあね」
やっぱり難しいなぁ。プライバシーの切り売りも、もっと上手かったら。
必要なかったり違和感なかったりするんだろうし…
「木谷さんて、お話書く時にプライバシーを切り売りしたりする?」
「プライバシーの切り売り? あぁ、自分の事をネタにするって事ね」
ちょっと考え込んだ様子の木谷さんは、すぐに話を返してくれた。
「そうね…そういう事もある、というか…主人公には必ず自分の一面を、
ていう風に意識してやってるから…」
「じゃあ、あるいみ毎回切り売りなんだ」
て事は…気にしなくてもいいのかな。
「あぁそっか、今日の木谷さんを物語にしてるんだっけ。それは気にするかもね」
「そうそう。でも、木谷さんも切り売りしてるって聞いて、ちょっと安心」
それならいいか。私が切り売りするなんて、普通だよねっ!
「じゃ、続けようかな」
私鉛筆を手に、再び作り始めた。
~つづく~
小説は続いていた。
『昼休み、同中の友人が、お弁当を持ってやって来た。「ごはん食べよー」
いつもやって来るその友人は、非常にのん気だ』
あれ? のん気って、せっかくだから難しく漢字で書きたいぞ?
「えーっと…」
こんな時は、携帯電話様だ。
「のんきのんき、と」
なるほど、「暢気」か。
『ーーその友人は、非常に暢気だ』
「あれ? 倉橋さん、ケータイ…」
「ん? どうしたの? あ、まさか、部活中はケータイ禁止ですか?」
「そういう事ではないのだけれど…携帯電話を辞書代わりに使うのが、
目新しいと言うか…なんというか…」
部長さんの説明は、どうやら木谷さんの気持ちとリンクしているらしかった。
「私達は、辞書を使うのよ。それに、文芸部に籍を置く人間として、
周りの同世代の人間に比べて、漢字は知っているつもりだから…」
おぉ!
「木谷さん、すごいね。人間辞書?」
「そ、そんなんじゃないわよ。ただ、最低限漢字を知ってないとね…」
「木谷さんの言う通りね。何も、人間辞書、なんていうレベルじゃないわ。
ただね、知ってて当たり前レベルの漢字を知らないと言うと、それは…
恥ずかしい事だから」
うぅ…
「面目ないっす」
「いいんじゃない? これから精進していけば」
「そうね」
うぅ…
「ありがとう木谷さん、ありがとうございます、部長さん」
よし、私も!
一応、人間辞書になるべく決意を新たにするのであった…
~つづく~
小説作り、そして漢字に対する意識。
いろいろと学ぶ事があった。
『「それじゃあ、部活見学期間だから、しっかり見て選ぶように」
担任の先生の言葉に従って、私達は部室へと向かった。文学部だ。
「それじゃ、行きましょ」友人は言う。「うん」私は答える。
隣のクラスにいる友人は、既に運動部への見学を決めている。だから、
ここにはいない』
「ふぅ~」
よし、いよいよ部室に入る所まで来たぞ!
「倉橋さん、一段落って感じね」
「まぁね。もうちょっとだし」
という事は、もう少ししたら木谷さんに見せる事になるのか…
「お、いよいよ見られるのね? 楽しみだわ」
「せ、先輩まで」
先輩にも、最初のアドバイス以来見せてない。だから、気になるんだろうな。
「だって、部員の作品はみんなで見るのよ? もちろん、私は部長と言う、
責任ある立場だから、評価を下す事もあるわ。当然よ」
「そ、そうなんですか…」
「あ、先輩」
おや、木谷さんが挙手?
「なぁに? 木谷さん」
「私、部活見学期間中に終らなさそうなんですけど…」
ひえぇ~~。なんて大作…
「いいわ」
「いいんですか?」
私にはよく分からない。
「だって、あなたは正式に入部するんでしょう? それに、作品は、
完成させるのに時間がかかるものだもの」
「そっか、そうですよね…」
な、納得してるし…
「というわけで倉橋さん、見せられるのは随分先になるけど、いいかしら」
「し、しょうがないよ…」
私はそう答えるしか出来なかった。
どうやら、私と文学部との付き合いは、まだまだ続きそうだった。
~つづく~
意外なほど、本当に意外なほど、私は小説作りに没頭していた。
「…あら、もうこんな時間。二人とも、そろそろ終っていいわよ」
「え? あ、もう五時なんですねー」
「え? 気付かなかった…」
辺りは結構暗くなってて、教室には蛍光灯が灯されてた。
「部活自体は六時までやってるんだけど、新入生は五時まで、ていうのが、
一応の決まりでねー」
なるほどね。
「木谷さんなんかは期待の新星だし、倉橋さんも伸びシロがいっぱいありそうだし、
ここで返すのは惜しいんだけどね」
「あ、ありがとうございます。明日も来ますから、続き、作りますね」
「えっと…わたしも、でいいのかな?」
帰宅部に徹するよりは、こっちの方が楽しいか。
「まだ決めかねてるんだとしたら、他の部活にも興味あるかと思うけど、
また来てくれたら嬉しいわ」
ひょぉ~。部長さん、なんだろう、雰囲気が完成されてる…
「え、ええ、それでしたら」
「ありがとう! 嬉しいわ。それに、みんな、貴女を題材に作品が書きたいって、
そう言ってるのよ。是非」
ひぇぇぇ~~~~~~。
「そ、それは、考えさせてくださいっ!」
そう答えるのが、精一杯だった。
~つづく~
部活見学初日が終わって、駅に向かう道中。
今日木谷さんと二人きりだ。
楓は別の部活に参加してるから、時間も別…らしい。
「倉橋さん、明日以降はどうするの?」
「んー? そうだなぁ…」
正直悩んでいた。小説を作るのはいい。部長さん始め先輩達も、
いい人ばっかりだ。
「他に見たい部活もないし…それはいいんだけど…」
「あ、さっきの一言でしょ」
図星なのだ。私を題材に小説? 冗談じゃない!
「ね、ねえ、木谷さん。そういうのって、普通なの?」
「身近な人を題材に、ていうのは珍しい事じゃないけど? 今回だと、
倉橋さんの雰囲気を元にキャラクターを作る、ていう感じだから…」
ふむふむ。
「実際の倉橋さんとは違う感じになるかもね」
「そっか~。まんま私じゃないんだ…」
そ、それならいいの…かな?
「疑問点があったら答えるから、前向きに考えてくれると嬉しいな」
「う、うん…」
あ、そろそろ駅だ。
「じゃ、また明日」
「うん、明日~」
ふぅ。
木谷さんと別れた私は、一人電車に乗り込んだ。
そういえば、一人って、初めてかも。
~つづく~
Tweet |
|
|
1
|
0
|
追加するフォルダを選択
第31回から第35回
指摘いただきましたので、五回刻みで投稿して行きます。